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1時限目の国語も、2時限目の英語も、指名がなかったおかげで声を出さずに済み、3時限目の数学の時間になる。意外と声が出なくても何とかなるものだ、と感心していた隆久は、その時は少し油断していた。
ただでさえ、数学の授業というのは眠くなる科目の第一位だったりする。梅雨の合間の生温い風に吹かれてうとうととしていた隆久は、後ろから突かれて、はっと目を覚ました。
顔を上げると、数学教師がなにやらイライラとしていた。
「お前ら、たるんどるぞ。もうすぐ期末試験もあるんだ、もっと気を引き締めてやれ」
何を怒られているのやら、隆久はわけがわからない表情できょとんとしていたが、それから、教科書を取り上げると、起こしてくれた後ろの席の友人に、どの問題をしているのかと尋ねる。
「山梨。お前も、どうしたんだ。珍しいじゃないか。こんな簡単な問題もできないのか」
ほら、立て。そう命じられて、和樹が困ったようにうつむいて立ち上がった。それから、助けを求めるように隣の隆久に目を向けてくる。
「わかるヤツ、いないのか。さっき説明したところだぞ」
バンバン、と黒板用の大きな三角定規で、教卓を叩く。びくっ、と学生たちが首をすくめる。
和樹から教師の関心がそれたところで、隆久は立たされたままの和樹に小声で話しかける。
「カズ。わかるのか?」
その問いに、それはもうはっきりと、和樹は頷いた。それはそうだろう。ただでさえ理数系に強い和樹は、好奇心旺盛な性格も手伝って、意外と勉強好きなので、先ほど習ったばかりのことなら間違いなく、正解を導き出す。
なら、と隆久は頷いた。そして、さっと手を上げる。
「先生」
「何だ、西野。お前、わかるのか?」
「じゃなくて、カズ……山梨が、黒板に書いて良いなら答えられるって」
黒板に出ろ、という指名ではなかったことを考えると、おそらくはわざわざ前に出て書かなくても結果のわかる答えなのだろう。教師は、はぁ?という顔になった。そこへ、隆久が続けて言う。
「今日、声出ないんだってさ」
「何だ、風邪か?」
そんなようなもんだ。わざわざ答えるまでもなく、和樹が苦笑を返す。それで、納得したのだろう。ついでだから途中経過も書け、と前に和樹を呼び寄せ、チョークを渡す。
そこからは、授業もスムーズに進んだ。ありがとう、と和樹が済まなさそうに手を合わせるので、隆久はなんでもないことのようにひらひらと手を振った。
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