やきもち 1




 都立神山高等学校。

 1年3組の教室に、その二人はいる。

 一方は、華奢な身体つきが守ってあげたい母性本能か父性本能をくすぐる美少年。一方は、その美少年のボディガードのようにも見えるがっしりした身体をした少年。

 二人とも、このクラスに所属する高校一年生だ。

 美少年の名は、山梨和樹という。心の病気で一年遅れているため、クラスメイトよりは年上だが、病気を乗り越えたことによる大人の雰囲気が、クラスメイトの信頼を集めていた。

 もう一人は、西野隆久という名前だった。和樹とは入学前から気の合う友達で、こちらも心に爆弾を抱えている。だが、今は和樹と同様にすっかり落ち着いていた。

 そういうわけで、まだまだ中学生気分が抜け切れない同級生に比べれば、男らしく落ち着いた雰囲気の二人は、当然のようにクラス委員や風紀委員を押し付けられ、立派に役目を果たしている。

 その朝も、席が隣同士の二人は、朝のホームルームが始まるまでの時間に、いつものようにおしゃべりに興じていた。

「でな。祖父ちゃんがさ、言うわけよ。『お梅さんが困っていたからちょっと手を貸してあげただけで、婆さまが心配しているようなことは何もないんじゃあ』だって。あ、お梅さんって、お隣のお婆ちゃんなんだけどな。そしたら、祖母ちゃんが『何さ、鼻の下伸ばしちゃって』って」

 おもしろいだろ、と自分が笑いながら隆久が話すのに、和樹はクスクスと笑って返す。顔は笑っていても、声は聞こえてこないから、傍で聞いているだけだと、隆久の一人芝居のようだ。

「結局、昨日は祖父ちゃん、夕飯抜き。可哀想になっちゃって、あとで握り飯持ってってやったらな、どこで手に入れたんだか、いつの間にかもうとっくに食ってんの。祖母ちゃんも甘いよなぁ」

 説明しながら腕を組む隆久の半そでのシャツの袖あたりには、見え隠れする位置に、丸い火傷の痕や縫い傷の痕が覗いている。
 母親を早くに亡くし、父親に虐待を受けて死にかけた過去を持つ隆久の、苦い記憶の痕だ。今は父方の祖父母に大切に育てられているが、きっとこの傷痕がある限り、忘れることはできないのだろう。

 そんなことがあったようにはとても思えないほど、明るい声でケラケラと笑ってそう言う隆久に、和樹は笑いながら頷きを返していた。

 そんな和樹の態度に、ふと違和感を覚えたらしい。隆久が突然、まじめな顔に変わる。

「カズ。お前、声、どうした?」

 感じた違和感は、まさしくその問いのとおりだ。これだけ可笑しい話を面白おかしく語って、それに対して和樹も楽しそうに笑っているのに、そういえば今日はまだ一回もその声を聞いていない。

 問われて、和樹もふと押し黙り、困ったようにうっすらと微笑を返した。そして、自分の喉を指差し、首を振る。

「声、出ねぇの? 風邪?」

 ふるふる。はっきりと、首を振る。その表現の仕方が、慣れたものだ。

 和樹は和樹で、中学時代の学友からの虐待とイジメが原因で、心身症に陥った過去を持っていた。
 最後まで失語症が残った症状で、それは隆久も知っている。高校入学が1年遅れた理由がそれだ。
 完治、と主治医に認められてから、もう一年は経っているが、そんな過去があるだけに、爆弾を抱え続けている。それが、小規模爆発を起こしたらしい。

「智紀さんは、知ってるのか?」

 そう問われて、和樹は頷いて返した。それなら良いけど、と隆久は心配そうな表情を崩さない。そして、俯いてしまった和樹の顔を覗き込む。

「何で?」

 だが、和樹は首を振るだけで、答えようとはしなかった。授業で使うルーズリーフを出してきて、紙に「心配しないで」と書き記す。そして、にこりと笑った。

 まぁ、笑うだけの余裕があるのなら、一過性のものなのだろうが、と隆久はとりあえずその場は引き下がることにした。

 和樹と隆久が出会ったのは、病院のリハビリセンターだ。和樹の兄、智紀がそこの有償ボランティアをしていて、病気の弟をそこに連れて行ったのが始まりの仲である。
 したがって、心の傷は二人とも承知していて、助け合いたいと思っていた。和樹にとっては初めてできた仲間であったし、隆久にとっても気の合う数少ない仲間だった。

 だから、今引き下がったのも、それで納得したわけではない。とりあえず一日様子を見て、助けてやろうと心に決めていたのだ。

 早速、その出番はやってきた。

 ホームルームでは、担任が生徒の名を一人ずつ読み上げて、出席を取っていく。和樹は、出席番号順としては最後の一人だ。

「山梨。……山梨はいないのか?」

 この担任。声が返ってくることで出席とみなすのか、生徒の顔を見ないで出席を取っていく癖がある。つまり、名簿を見たままなのだ。
 だから、せっかく和樹が手を上げても、欠席にカウントしてしまいそうになる。

「先生。カズ、来てる」

「おぉ、何だ、いるじゃないか。返事くらいしろよ」

 そんな風に、冗談紛れで咎める担任は、困ったように微笑んだ和樹の顔を見てはいなかった。そんな和樹を、さらに心配してしまったのは、隣の隆久だけだったらしい。





[ 41/55 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -