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 先に折れたのは、母親の方だった。

「和樹がそれで後悔しないというのなら、成人するまでは様子を見ましょうか」

「成人?」

 何故かそんな期限をつけられて、和樹が問い返す。そうよ、と母は当然のように頷いた。

「二十歳くらいまでなら、子供の戯言で許されるわ。だから、そこまでは多めに見てあげる。ただし、その時点までにあなたたちは私たち親を納得させなさい。それができなければ、その後の話は無しよ。お見合いをしてでも結婚してもらうわ」

 つまり、そこが彼女の妥協点であるらしい。いつまでも押し問答をしていても仕方がない。どちらかが妥協しなければならないのなら、妥協点を示した方が有利にことが進む。そういう判断だ。

 その妥協点は、智紀にとっても悪い話ではなかった。どう納得させるかは追々考えるとしても、とりあえず、四年間の猶予が与えられたわけである。この時間は、かなりありがたい。

 妻が妥協して見せたことで、父親も深いため息をついた。

「良いだろう。二十歳まで待とうじゃないか。だが、智紀。お前はこの家には置かん。遊びに連れ出すくらいは大目に見てやるが、夜にはちゃんと家に帰せ。できるか?」

 さらに厳しい条件をつけられて、智紀は少し考える。そして、和樹を見やった。和樹が寂しそうに眉を寄せるのに、肩をすくめる。

「わかりました。お約束しましょう」

「兄ちゃんっ?」

 その条件を飲むのがいかに大変か。わかるからこそ、和樹は驚いた。それは同時に、自分にも我慢を強いることを意味している。耐えられるかどうか、和樹には自信がない。

 だが、そんな和樹に、智紀は笑って見せた。

「それは、だって、和樹ほどの歳の女の子とお付き合いすることになっても、当然突きつけられる条件だろう? 良いじゃないか。会えるのは月に一回だけ、とかって回数を切られたわけじゃないんだし」

 不安そうな和樹に諭すように言って、ぐりぐりと頭を撫でる。そして、ふいに真面目な顔になった。

「それと、和樹。
 リハビリ頑張って、ちゃんと勉強して、高校、行きなさい。将来どんな道に進むにしても、高卒の学歴は最低条件として必要になってくるから。
 そのくらいの学費は、父さんも見てくれるはずだ。だよね?」

 勝手にそこまで決め付けて、確認のために智紀は親を見やる。話を振られて、もちろん、とばかりに両親も頷いた。
 智紀の隣で、しかし、和樹は不安そうに、でも、と呟く。

「通いきれる自信、ないよ」

「そういうときのために、俺がそばにいるんだろ? 何かあったらすぐに相談して。緊急ならいつでも呼び出してくれて構わないから」

 な、と和樹に返事を促し、それからその肩をぎゅっと抱き寄せた。その力強さが、和樹に勇気を与える。小さく頷くのに、やっぱり誉めてくれる。
 この細やかな行動が、和樹にはありがたい。本当に安心できる。

 和樹の返事を得て、智紀は両親に目をやった。

「父さんたちも。何かあったら呼び出してくれて良い。和樹のことだけじゃなくて、家族として、いつでも相談に乗るし。どんなことでも頼ってくれて大丈夫だから」

「ふん。お前なんぞの手は借りん」

「それならそれでも良いけどね。祖母ちゃんも、ね」

「あぁ。頼りにしてるよ」

 父親と祖母の反応が正反対で、端で聞いている文恵叔母が楽しそうに笑い出した。智紀も、くすりと笑みをこぼす。

「さ、結論が出たところで、お食事にしましょ。もう、冷めちゃったわよ」

 話はそこでおしまいだ。文恵叔母がそう区切りをつけて、煮物の大皿を片手に立ち上がった。おそらくは、温めなおすためだろう。それを見上げ、智紀も続いて立ち上がる。

「唐揚げ、油でべちょべちょになっちゃったな。揚げなおすか」

「ぼく、手伝う」

 今まで家事など手伝ったこともなかった和樹までも、積極的に立ち上がった。

 台所へ出て行く三人を見送って、祖母は困ったような笑みを浮かべ、それから息子夫婦に目をやる。
 息子夫婦の、妥協はしたものの納得したわけではない表情に、肩をすくめた。

「決めたのなら、ウジウジ悩むんじゃないよ。
 素直にあの子達の幸せを見守ってやったら良いじゃないか。和樹だって、話ができるようになったとはいえ、完治したわけではないし、もうしばらくは智紀の手が必要なのだろう? 智紀がここにいる間に、少しずつ打ち解けていけば良い話さ」

「しかし、お母さん……」

「あんなに幸せそうな和樹の顔は、久しぶりだよ。智紀が出て行って以来じゃないのかい?
 あの子はこれまで不幸が続いたんだ。少しくらい和樹の幸せだけを考えてやっても、罰は当たらないよ」

 どうだい?という祖母の問いかけに促されて、再び息子を見やった両親は、台所ではしゃぐ和樹の姿に、恥ずかしそうに俯くのだった。





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