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痺れを切らしたのは、文恵叔母だった。
「どうなのよ、兄さん」
咎めるような口調の妹に、はっと我に返った父親は、それから妹に視線をやって、眉間に皺を寄せた。
「お前は黙っていなさい、文恵」
「これが黙っていられますか。まさか、ここまで言われて、まだ和樹君の気持ちを無視するつもりじゃないでしょうね。もしそうなら、兄さんは父親失格よ」
どうやら、問い詰めているつもりの相手に反対に咎められて、カチン、ときたらしい。
文恵叔母の頭から二本の角が見えるようで、和樹はそこまで思ってくれる叔母に、びっくりした。涙も引っ込む。
「しかしだな、文恵」
「しかしもかかしもないでしょっ。
遠い将来の、あるかどうかもわからない平凡な幸せを夢見て、今現実目の前にある息子の幸せを踏みにじるのが、親の愛情だとでも言うわけっ?
可愛い息子を幸せにしてやれない親の、どこが立派だって言うのよ。世間体に逆らってでも息子の選んだ将来を応援してやるのが、ホントの親ってもんじゃないのっ?
ましてや、一生なんてわからない、って本人が言ってるんだから、今の幸せを追いかけさせてやったって、兄さんには何の痛みもないじゃないのっ」
キャンキャン、と激しく噛み付く妹に、さすがの父親もたじたじだ。だが、それでもなお、抵抗を試みる。
「だが、男同士だぞ。気持ち悪いだろうが」
「そうかしら。私は、この二人ってすごくお似合いに見えるけど? それに、男でも女でも両方イケちゃう性癖は、諦めた方がいいわよ。どうせ、隔世遺伝なんだから」
「は?」
突然の問題発言に、全員が目を丸くした。祖母まで驚いていることに、文恵は軽く肩をすくめる。
「あら。お母さんは知ってたでしょう? お父さんの愛人、男の人だって。だから、目をつぶってたんじゃないの?」
「文恵。あなた、いつの間に……」
「ちらっと見かけたことがあってね、お父さんにちゃんと紹介してもらったもの。
今でも彼のご自宅にはよく遊びに行くし。めちゃくちゃ良い人よ。お父さんにはもったいないくらい。
やだ、兄さん、知らなかったの?」
てっきり、知ってるものだと思ってた、と言って、叔母は肩をすくめる。それから、こちらも驚いている智紀と和樹を見やって、にっこり笑った。
途端に、智紀の中で全てが腑に落ちた。
「なるほど。それで、祖父ちゃんは俺を条件付きで認めてくれたんだ」
祖父が二人のことを真っ先に認めた、しかも財産を半分分け与えてくれた、その理由が、本人の性癖にあったのだ。
隔世遺伝だという自覚がもしあったのなら、その責任を取る意味もこめられていたに違いない。
自分と同じいばらの道に、孫を突き落としてしまった、その事実は彼にとって、責任を感じずにはいられないことだったのだ。
「自分がそうなら、反対しないよね」
隣で呟く声に、和樹も相槌を返した。和樹も和樹で、納得したのだろう。それから、くすくすっと笑い出した。笑顔のままで、父親を見やる。
「反対しても、無駄な抵抗だと思うよ、お父さん。お祖父ちゃんの代から、すでに決められてたことだもん。この歳で、こんなに優しい彼氏ができたことに、素直に喜んでおくべきだと思うなぁ」
「ほら。和樹君もこう言ってるわよ。いい加減、諦めたら?」
叔母もそう言って和樹を応援する。元々孤立無援状態だった両親は、最後の砦とも言うべき同性愛の禁忌すらも、亡き祖父に封じられて、困って顔を見合わせた。
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