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 と、そこへ、二階から噂の叔母の大声が降りてくる。

『あんた、仮にも親の分際で、偉そうな口叩かないでちょうだいっ。ほら、二人とも来るっ』

 実の兄に対して叱ったものとはとても思えない叱り方で、叔母はそう言ってのけると、寝室のドアをバタンと開けた。
 もごもごと口答えをする父の声が聞こえてくるが、叔母の足音にかき消されて何を言っているのかわからない。

「和樹君にあんな苦しい思いをさせた原因の一端は、あんたたちにもあるんでしょっ? 違うとは言わせないわよ。
 親だというだけで大して偉くもないくせに、愛する二人を無理やり引き離すなんて、信じられないっ」

 まったくもう、とぷんすか怒って、叔母は階段を壊しそうな勢いで降りてきた。
 ものすごい剣幕で怒鳴り散らす妹に、父も母もただ引きづられるようについて来た。
 居間からそちらを見やっている息子たちの視線を受けて、思わず立ち止まる。

 階段を降りきって、階段途中で立ち止まる兄を振り返り、叔母は自分の腰に両手を当てた。

「そこで立ち止まってんじゃないわよ。せっかく、智紀君と和樹君が祖母ちゃん手伝ってご馳走作ってくれたんだから。冷めないうちに食べなくちゃ、せっかくのお料理がもったいないわよ」

 それは、とても妹とは思えない、まるで母親かのような叱り方で、その妹にぐうの音も出ない父に、和樹は思わず笑ってしまう。隣で、智紀も苦笑を浮かべていた。

 いつもの定位置に座らされて、父はむすっとした顔で腕を組んだ。隣で母はおろおろと所在無げに周りを見回す。
 その二人を無視して、祖母と叔母は炊けた赤飯を茶碗によそい始めた。手渡されて、和樹が嬉しそうにそれを見つめる。

「じゃ、いただきましょ」

「いただきまーす」

 叔母の合図に、待ちきれないように和樹が箸を取る。育ち盛りの和樹には、食事時間は至福の一時だ。表情も自然にほころぶ。

 だが、せっかくの幸せな食事時間に、早速父が水を差した。

「その前に。話がある」

 箸で掬った赤飯を口に運ぶ直前に止められて、和樹は宙を噛んだ。恨めしそうに、食事を止めさせる父親を見やり、箸を下ろす。

「私は認めたわけではないぞ。智紀。こんな年端も行かない子供をたぶらかすなど、大人の風上にも置けん奴だ。私は断じて許さん」

 その話を、蒸し返すらしい。確かに、この両親とは話の決着を見ていない話題だ。
 仕方なさそうにため息をつき、叔母も祖母も、食事の手を休めた。智紀にいたっては、正座の上に両手を乗せて、じっとそのお叱りを受けている。
 ただ一人、和樹だけが、父親に口答えをした。

「だから、お父さん……」

「和樹は黙っていなさい。お前は、この男に騙されているんだ。所詮智紀は不倫男の息子だ。信用できるとは最初から思っておらん」

「ちょっ、お父さんってばっ」

「和樹。大人の話に口を突っ込むんじゃない。騙されているんだというのがわからんのか」

「お父さんっ!」

 バンッ。叫ぶ声で父親の暴言を遮って、座卓を両手で叩く。座卓の上に並べられた食器が、小さくはねて高い音を立てた。

「どうしてぼくの話を聞いてくれないのっ。
 ぼくだって、本当ならもう高校生だよ。もう右も左もわからない子供じゃないんだよ。ぼくはぼくなりに、ちゃんと考えてるんだよ。
 どうして無視するの。どうしてぼくの気持ちは二の次なの。ぼくだって当事者なんだよ。兄ちゃんを好きになって、兄ちゃんと一緒にお父さんに認めてもらおうって頑張ってるのに。
 どうしてぼくだけ蚊帳の外なの。ぼくのことなんだよ。お父さんのことじゃないんだよっ」

 思い昂じて、泣き出してしまう。和樹の涙にはめっぽう弱い父親は、泣かれてしまって、ようやく口をつぐんだ。
 母も、和樹の涙に痛そうな表情を見せる。
 和樹の隣に座っていた智紀が、和樹の肩を抱き寄せる。それに、和樹も大人しく寄り添う。

「ぼくの気持ちもちゃんと聞いてよ。
 やっと、考えられるようになったんだから。おしゃべりできるようになったんだから。
 お願いだから。ぼくを無視しないでよっ」

 涙ながらの、悲鳴のような訴えに、家族の誰もがその場で固まっていた。
 和樹も、涙で息が邪魔されて、それ以上は言えなくなってしまう。
 代わりに、抱いていてくれた智紀にすがりついた。

 やがて、祖母と文恵叔母が、和樹の両親に視線を向ける。

 さらに、母親もまた、指示を待つように夫を見やった。

 父親は、呆然とした様子で息子を見つめ、押し黙っている。





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