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 その夜。

 父親は、どうやらすっかりへそを曲げてしまったらしい。和樹のお祝いだというのに、寝室に閉じこもったまま、全く顔を見せようとしなかった。
 母親も旦那に付き合って部屋に閉じこもっている。

 仕方がないので、代わりに、八王子に住む叔母の文恵を呼び出した。

「そっかぁ。智紀君、昔から知ってたんだ。だったら、隠さないでちゃんと話しておけば良かったわねぇ」

 和樹の症状がすっかり良くなっているのに、自分のことのように喜んだ彼女は、今日一日に起きた出来事に驚きつつも、全てをすんなりと受け入れて、そんな風に感想を述べた。

 結局独身を貫いた彼女は、智紀と和樹が恋人同士だという事実を、平然と受け止めていた。あら、そうなの?くらいが、彼女の反応だ。
 それよりも、智紀の出生の話の方が彼女には気になったらしい。

 一週間前の法事の日、帰ってきた智紀を迎えたのも、彼女だった。
 戸籍上は智紀の義姉に当たる彼女は、それなりに智紀を可愛がっていて、だからこその反応だった。

「智紀君にちゃんと話をしなかったのはね、うちの世間体のためだったのよ。だって、娘夫婦の子供を引き取るくらいで、そんなに隠し事する必要ないじゃない? 交通事故自体は、不慮の事故だもの。
 ただね、智紀君、姉さんの旦那様の子じゃないのよ。それで、言うに言えなくてね」

 それは、住民票や戸籍謄本からは知りえない、家族だけが知っている真実で、智紀は二十六年ぶりに語られるその話に、耳を傾ける。
 冷静に受け止められる歳だからこそ、聞いておきたい話だった。

「姉さんね。大学の先生と、不倫してたの。でも、子供ができちゃって、先方の奥さんにバレてね。手切れ金なんて言ってはした金渡されて、あっさりポイ。
 でも、その姉さんを陰ながら見守っていてくれた人がいたのよね。それが、旦那様だったの。
 だからね、できちゃった結婚を装って、智紀君を産んでから結婚して。
 すごく強くて優しい旦那様だったのよ。当時は私も、誰かと結婚したくなっちゃったんだから。
 ま、相手いなかったけどね」

 実の妹が語る、智紀の母の話は、それだけで長編小説のテーマにもなりそうな、壮大な恋愛物語だった。
 ほう、と懐かしそうなため息をつく叔母の表情からは、その幸せな様子がありありと伺える。

「智紀君は、生まれるべくして生まれてきた子なのよ。
 でもね、お父さんがそれを認めなかったのね。その当時は、まだお父さんも頭固くって。智紀の出生の秘密は我が家きっての不祥事だ、って息巻いて。
 そんな中で、まだ智紀君の首も据わらないうちに、姉さんたちが交通事故で逝っちゃったでしょ。
 それで、お父さんたちが智紀君を引き取ったの。ただし、まだ親戚一同にお目見えしていなかったこともあって、遠い親戚の子だって偽ってね」

 それが、智紀の出生の秘密を秘密と扱った背景の全貌だったらしい。
 そんな複雑な事情があったから、智紀本人にも、知子伯母の子供であることは伏せられていたのだ。

 やっと話せてすっきりした、と文恵叔母は胸をなでおろした。

「それで? 兄さんたちはどうしたのよ。
 和樹君がせっかくおしゃべりできるようになったのに、お祝いすらしてくれないの? 心狭いわねぇ。
 親なんだから、もっと余裕持たなくっちゃ。良いわ。私が呼んできてあげる」

 ふっくらとふくよかに中年太りしている文恵叔母は、そう言うと、早速立ち上がった。
 せっかくのお祝いなのだから、全員揃わなくちゃダメよ、というのが彼女の主張だ。
 それには智紀も賛成で、ありがたく彼女を見送る。

 残った祖母が、去っていく娘を見送って、軽く肩をすくめた。

「やっぱり、あの子は動じなかったね」

「やっぱり? どうして?」

 そんな納得の仕方に、和樹が不思議そうに問い返す。
 しゃべれるようになってから、元来何にでも興味を持つ性格であったことも手伝って、よくしゃべるし、よく聞きたがる。智紀が口を出す隙もない。元々無口な智紀にはありがたい話だ。

「なぁに。あの子は商売柄、恋愛事情には詳しいからね。和樹は知らなかったかい? 漫画家なんだよ」

 大人向けだから、話してなかったかもしれないねぇ。そう言って、祖母は苦笑した。
 つまり、同性愛でも不倫でも、どんとこい状態であるらしい。それはそれで、すごい立場だ。

 その事実は、実は智紀も知らなくて、へぇ、と感心してみせる。智紀にすら言っていなかったことははじめて知った祖母が、反対に驚いた。





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