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 それは、この家族の誰にとっても、心を平穏に保つのは難しい、この家最大の秘密事項だ。
 当然のように和樹が言うことに、父も、母も、祖母も、目を見張る。
 ただ、智紀だけが、苦笑を浮かべた。和樹をなだめるような仕草で、その頭を撫でる。
 それは、どうやら智紀自身を落ち着かせるためでもあったらしい。和樹がされるままになってくれるのに、深いため息をつく。

「俺が誰の子であろうと、そんなことは知ったこっちゃないけどね。
 一応は、この家の子供なはずなんだ。家族として扱うつもりだったなら、今更手のひらを返すように、他人扱いされるのは許せないんだけど?」

 しん。

 部屋に、沈黙が下りてくる。

 誰一人、身動きのできる者はいなかった。それだけの、問題発言だった。

 なにしろ、今の今まで、ひた隠しに隠し続けてきたことだ。近しい親戚以外には、誰も知らないはずの秘密である。一体どうやってこの二人はそんな秘密を暴いたのか。不思議で仕方がない。

 やがて、まず事実を受け止めたのは祖母だった。やはり、この家の人間としては、一番順応力がある。

「智紀。一体どうやってそんなことを知ったんだい?」

「高校受験のとき、願書を書くために住民票を取りに行った。続柄に、当時世帯主だった祖父ちゃんが、俺の父親だって書いてあった。それに、海外に行くためにパスポートを取ったとき、戸籍謄本が必要だったから」

「そんな昔から……」

 智紀の告白に、祖母は絶句した。そして、可愛い孫にそんな気遣いをさせていたことを、後悔する。

 智紀は、確かに昔から、手のかからない子供だった。
 必要な書類は、親の直筆が必要なとき以外は自分で書いて提出していたし、高校受験も大学受験も、受験にかかる費用は自分の小遣いやバイトで稼いだ金を費やしていた。
 遊びまわっていた学生時代も、どこからそんな金が出てくるのか、と不思議になるくらい、まったく請求されたことがない。
 智紀にかかった費用は、本当に、子供の頃の小遣いと学費くらいだったのだ。

 だから、気づかなかったのである。
 そんなに昔から、自分の生い立ちの秘密を知って、それを自分の中に押し留めていたことに。手がかからなすぎて、空気のような存在になっていたから。

「そういう話で言うなら、俺と和樹は事実上も戸籍上も兄弟ではないから、俺たちの関係を咎める理由は、男同士だという以外にはないと思うけど?」

 そうだそうだ、と和樹も隣で何度も頷く。

 やがて、祖母はため息をついた。

「そうかい。知ってしまったのなら、仕方がないね。そう。智紀の両親は、この夫婦ではないよ。本当の親は……」

「知子伯母さん?」

 祖母の言葉を遮って、智紀が言い当てて見せる。はっと祖母が顔を上げて、智紀はそれが当たりであると確信した。
 そして、苦笑を浮かべる。

「だろうと思った。まったくの他人というには、俺と父さんはよく似てるし、年齢的にも適当だしね。そっか。じゃあ、祖母ちゃんの孫ではあるんだ」

 それは、事実を知ってから約十年後に得た、真実だった。
 うすうす感づいてはいたものの、はっきりと認められると、なんだかすっきりする。

 知子は、智紀もまだ生まれたばかりな頃に、新婚の旦那と交通事故で亡くなった、顔も知らない伯母である。
 もし、その新婚夫婦に子供がいたのなら、智紀はちょうど当てはまるのだ。

 何しろ、智紀が生まれた年は、和樹の両親が知り合った年で、この二人の子供であるというには、そもそも無理があったのだ。
 今まで指摘しなかったのは、気づいていなかったわけではなくて、指摘することで自分の居場所を失うことを恐れたためだった。

 ふいに、あれ?と和樹が首を傾げる。

「ってことは、兄ちゃんって、従兄弟?」

「だなぁ」

「結婚、できるじゃん」

「いや、できないだろ、男同士じゃ」

 そっか。少し残念そうに、和樹は肩を落として見せる。そんな仕草がただのポーズであることは見て取れるので、智紀は嬉しくなって笑った。

 気を遣ってくれているのだ。自分の年齢と立場を武器に、無邪気を装って。
 そんな優しい気持ちが、さすが自分の弟だ。そして、この祖母に育てられた、同じおばあちゃんっ子だった。





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