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居間では、両親と祖母が難しい顔をつき合わせていた。通りかかった二人を、祖母が呼び止める。
「あんたたち。話がある。こっちに来なさい」
「ちょっと待って。シャワー浴びてくるから」
平然と答えて、智紀はそのまま通り過ぎた。抱き上げられたまま、和樹が智紀の肩から顔を出し、両親に向かってべぇっと舌を出す。
「和樹。大人気ない」
「良いの。子供だから」
咎めた兄に、開き直って答える。時々大人びて、時々子供っぽくて。
この年代の少年は、難しい。
シャワーを浴びてお互いに洗いっこをしながら、一通りじゃれてはしゃいで、気持ちを落ち着ける。
家族にどんな反対を受けても、誠心誠意心を込めて、自分の気持ちをわかってもらえるように、それだけの覚悟をつけるには、二人の信頼関係は必要不可欠だ。
太い絆で結ばれているその事実が、説得に大きな意味を持つ。
居間へ戻ると、和樹は兄から絶対に離れようとせず、すぐそばに寄り添うように座った。
智紀が遠慮する形で下座の端に腰を下ろしたので、家族との間に距離が生まれる。
まず、口火を切ったのは父親である。
「どういうつもりか、言い訳を聞こうか」
「言い訳なんて、するつもりはありません」
智紀が答える前に、隣の和樹が口を開いた。意志の強いまなざしで父親を見つめ、口を真一文字に引き結んでいる。
驚いて、智紀は弟を見下ろした。
「和樹。お前は黙ってろ」
父は、智紀を代弁したと思ったのだろう。咎めるように、息子を黙らせる。
つい今朝までまともに話せなかった息子だという認識が、消えている。
事情が事情だけに仕方のないことだが、両親にはまず和樹が話せるようになったことに素直に喜んで欲しかっただけに、智紀としては内心複雑な思いだ。
父に咎められて、和樹は、嫌だ、と言うように首を振る。
「兄ちゃんにだけ責任を押し付けるの、やめてよ。ぼくだって、兄ちゃんのこと、好きなんだもん。兄ちゃんが悪いんじゃない」
真剣にそうやって訴える息子に、しかし父親はまともには受け止めない。
ふっ、と大人の余裕を見せて笑い飛ばし、息子を無視して智紀に目をやる。
「すごいじゃないか。どうやって和樹をたぶらかしたんだ、智紀。その手腕を是非とも教えてもらいたいもんだ」
その父親の反応に、和樹は、信じられないものを見た、といった様子で目を見開いた。
あまりの屈辱に、とっさに声が出ない。
ようやく怒鳴り返そうとした和樹を、智紀はその頭に手を置くことで押し留めた。
和樹が、苦しそうな表情で兄を見上げる。
「企業秘密です。お教えするわけにはいきません」
化かし合いを挑むなら、望むところだ。特殊な環境に身をおいたおかげで、人生経験は同年代より多く積んでいる。負ける気はない。
だが、その誘いに乗る気もなかった。この両親には、正攻法で行くしかないのだ。
「父さんと母さんが和樹を大事に思っているのは、良くわかってます。その気持ちを否定するつもりはありません。
でも、それと同じくらい、俺も和樹を愛してる。
認めてくれとは言いません。そんなことを言える立場でもない。でも、せめて、理解してください。
愛している人を自ら傷つけるような人間は、いませんよ。愛し、慈しみ、かばい、守りたいと望むのは、人を愛する人間として、当然の感情です。そこまで否定する意味がわからない。
俺は、そんなに信用できませんか? まがりなりにも、家族として長い間共に生活してきた相手でも、信用できないんですか?」
恋人として認める認めないの以前に、今の智紀は、人間として認められていない。
それが何故なのかは理解できないが、間違いなく、まるで虫けら同然の扱いである。まずは、その理由を解明することが先だった。和樹との関係は、その後だ。
そんな智紀の問いかけに、そこは祖母も否定しないのだろう、息子を見やる。
さらに、どうしても黙っていられない和樹が、口を開きかけ、兄を見上げた。
許可を求める視線に、その理由を悟って、智紀は肩をすくめる。
確かに、いい加減限界に来ているのかもしれない。
そんな反応を許可と受け取って、和樹は問題の一石を投じた。
「実の息子じゃないのが、そんなに気になるの?」
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