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 和樹に手を差し出す。和樹までが、智紀の意外な喧嘩強さに恐がっているのにやっと気づき、困ったようにため息をついた。
 へたり込んだままの弟の前にしゃがみこみ、自分のシャツを脱いで、着せ掛けると、お姫様抱っこに抱えあげた。

「帰ろう。和樹」

 その声色は、いつもの優しい兄のもので、ようやく和樹は兄にしがみついた。
 抱きしめていた文具屋の袋を手に持ったまま、その首に腕を回す。

 車に乗せられて、和樹は自分の身体を抱きしめた。小さく縮こまって、震えだす。

「……恐かった」

 素直に、気持ちを伝える。恐怖を伝える。
 それは、実は最初に強姦されてから、両親にも祖母にも精神科医の藤堂医師にも言ったことがなかった、その出来事を過去のことと認識した一言だった。
 今まで、心はその現場から一歩も動けずにいた和樹が、ようやく足を踏み出した、そのことを象徴する言葉であった。
 確かに震えているのに、何故か和樹の表情からは苦しみが読み取れない。

「恐かったよ」

「あぁ。俺も。また和樹が自分の殻に閉じこもっちゃうんじゃないかって、それが恐かった」

 頷いて、そうはならなかったことにほっとして、智紀は和樹の頭を撫でる。
 そうして、運転の邪魔になることは承知の上で、肩を抱き寄せた。

「良かった。間に合って」

 そんな、心底ほっとした声が、和樹の涙腺を緩める。震えが収まった代わりに泣き出した。

 車を道端に止めて、智紀は泣き出した和樹を自分の胸に抱き寄せた。
 シャツは一枚しか着ていなかったので、上半身裸になっている智紀の胸が、和樹の涙で濡れる。
 暖かな涙が、何故か心地良かった。特に外傷もなく無事でここにいる和樹が、智紀には無性に嬉しい。

 やがて、泣き止んだ和樹は、智紀を涙目のまま見上げて、無理に笑って見せる。

「兄ちゃん、強いね」

「昔取った杵柄って奴だ。中坊の頃は、あいつらと同じでめちゃくちゃ荒れててな。でも、喧嘩で友達が死にそうな目にあって、足を洗ったんだ。だから、特に武術とかはやってないけど、喧嘩は強いよ」

 今の姿から想像もつかない、兄の意外な過去に、和樹は目を丸くして智紀を見つめた。
 智紀は恥ずかしそうに笑って見せる。それから、ハンドルに身体を預け、和樹の顔を覗き込んだ。

「落ち着いたか?」

 こくん。助手席に座りなおして、和樹は小さく頷く。それを受けて、智紀も頷くと、再びハンドルを握った。

 家に帰りつくと、まだ両親は帰ってきていなかったらしく、祖母が転げるように迎えに出てきた。
 和樹の服がぼろぼろになっているのに、さすがに気が動転したらしい。その場に立ち尽くして、何をしたら良いかも判断できないでいる。
 助手席のドアを開けて自分から車を降りると、和樹はそんな祖母のもとへと歩み寄って行った。

「ただいま。お祖母ちゃん」

 和樹の口から出てきたのは、普段どおりの和樹の声で、それは危機は去っていることを同時に知らせるものだった。
 そんな声に、祖母も我に返る。

「あぁ、おかえり。和樹、その格好は一体、どうしたんだい?」

「不良にいじめられたの。でも、兄ちゃんが助けてくれた。カッコ良かったよ」

 はっきりと、和樹は自分の口から、何が起こったのかを告げた。
 それは、つい先ほどまで一言二言しか話せなかった和樹の言葉とは思えない、ちゃんとした文章になっていた。
 その返事に、またも祖母は驚いてしまう。

 驚いたのは、祖母だけではなかった。智紀もまた、和樹の言葉に驚いている。

「和樹っ。お前、話してるよっ」

「ホントだっ」

 自分で気づいていなかったらしい。指摘されて、びっくりしている。
 だが、それから、嬉しそうに笑うと、兄に走りよって抱きついた。抱きしめられて、より強く抱きしめ返す。

「ぼく、しゃべってるっ」

 はしゃいで叫んで、智紀の胸に頭を押しつけ、声をたてて笑い出した。

 はしゃぐ和樹の姿を見て、だんだんとその実感が湧いてきたらしい。智紀もまた、嬉しくなって笑い出す。

「祖母ちゃん。今日は赤飯にしよう。お祝いだ」

「あぁ、そうだね。ご馳走にしよう」

 そうと決まれば、さっそく祖母が行動を起こす。
 自分の年も考えず、家の中へ走りこむと、玄関先においてある電話の受話器を取り、息子の携帯電話を呼び出したらしい。ご馳走にするから材料を買って来い、と指示を出す。

 智紀は、はしゃぐ和樹を抱き上げると、祖母を追って家の中へ入っていった。





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