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 翌日。日曜日。

 昼過ぎに両親を買い物に送り出し、智紀と和樹は飽きもせず頭をつき合わせて、折り紙にいそしんでいた。
 折り紙の本にはほぼすべてのページに折り目が付けられていて、閉じると買ったときより二割ほど分厚くなっている。

 昼の二時を回った頃だった。
 両親は一週間分の食料品や日用雑貨の買出しに出かけ、祖母は裏の畑で畑仕事に精を出している。

 トイレに立って戻ってくる途中で、智紀の携帯電話が鳴った。
 相手は夜のバイト先の雇い主、はるかだった。こんな昼間に電話をかけてくるのは珍しく、智紀は和樹がいる居間の横を通り過ぎて、仏間へ入る。

 はるかの声は、珍しく真剣なものだった。

『ごめんね。忙しいのに』

「いや。弟なら今日は落ち着いてるから大丈夫だ。どうした?」

 その重苦しい声が、自殺を考えるほど思いつめていた時期のはるかを髣髴とさせて、智紀は思わず身構えてしまう。

 大したことではないのだが、と前置きをした上で、はるかは電話の向こうで重い口を開いた。

『俺、孝虎と別れたほうが良いかなぁ?』

 それは、普段でもおねえ言葉を使っていた人とは思えない、はっきりした男言葉だった。こうして聞くと、良く通るテノールの声が実にしっくりくる。
 そして、これが彼の本性でもあった。元々、オカマではないどころか、ノーマルな恋愛観を持っていた人なのだ。
 今でこそ、生活のためにゲイバーのママなどやっているが、これでいて、東大卒のエリート弁護士という別の顔も持ち合わせている、すごい人だった。

 彼にここまでの変貌を遂げさせたのは、ひとえに彼氏であるゲイバーのオーナーへの恋情である。
 それでも、智紀の知る限り、はるかの彼氏に対する想いと彼氏のはるかに対する想いを秤にかければ、彼氏のほうに軍配が上がるわけだが。

 出会いが出会いだけに対等な立場に立たせてもらっている智紀だが、本来ならば二人の人生が交差することなどまずありえないほどの、立場の差があるのだ。
 この彼との出会いは、これもまた運命だと思っている。そうでなければ、到底信じられない。

「どうして? 浮気でもされた?」

 最近では店の経営についてもいろいろと相談を持ちかけられる立場の智紀である。
 少しは覚悟もしていたのだが、今回はどうやら恋愛相談であるらしい。ほっと肩の力を抜いた。

 彼らの関係は、たとえ喧嘩をしていても、犬も食わない、というやつで、この場合智紀に与えられる役割は、不安に駆られたはるかを慰める、というものだ。はるかとの馴れ初めに最も近い。

『違う。
 実は昨日、孝虎、お見合いに行ったんだよ。そんな話自体は、独身でそこそこ大きい組の次期組長だから、よくあるんだけど。
 お見合い写真見せてもらったら、これが美人さんでさ。こんな綺麗な人、俺のせいで袖にさせるなんて、申し訳なくて』

「って、あのね、はるかさん。
 それって、オーナーに失礼じゃない?
 オーナーだって、伊達や酔狂ではるかさんに惚れたわけじゃないでしょ?
 そんな美人でも、はるかさんの前じゃかすんで見える、っていうくらいに惚れてるから、跡取りも作れないってわかってても、親父さんに紹介したんじゃないの?
 そんなオーナーの気持ち、無視するつもりかい?」

 どうやら真剣に悩んでいるらしいのだが、その論点が智紀からみるとかなりおかしな方向にずれていて、思わず突っ込みを入れてしまう。
 智紀の言う正論に、一瞬、はるかは押し黙った。

 きっと、こんな相談を出来るのは、本当に智紀くらいしかいないのだろう。
 店の古参のホステスにも、はるかが気を許している相手は何人かいるのだが、その中でオーナーがヤクザの跡継ぎであることを知っているのはそう多くない。
 それに、その立場だけで大抵は恐がってしまって、まともな相談にならないらしいのだ。

 その点、智紀はオーナーの立場も本性もよく知っていて、その恐さまでも身を持って味わっているので、まったく気にしない唯一の一般人なのかもしれない。
 なにしろ、はるかとの関係を疑われて嫉妬された結果、半殺しの目にあったのだ。その一件によって彼氏の信用も得ている智紀にとって、今更恐がるものでもない。

 智紀に諭されて黙ったはるかだったが、それでも納得するまでには至らず、落ち込んだ口調でさらに続けてきた。

『それはそうなんだけど。でもさ。俺なんかより、孝虎にはもっとお似合いの相手がいるんじゃないかって、考えちゃうとどうしようもないんだ』

「あぁ。それはない。はるかさんとオーナーは、赤い糸でがっちり結ばれてるから。自信持ちなって。だいたい、オーナーに来る見合い話なんて、結局は同業他社の縁戚関係狙いだろ? はるかさんとは比べられっこないよ」

 だから、もうくよくよ悩むな、と続けてやって、智紀はくすりと笑った。

「大体、そんなこと言ってると、オーナーにお仕置きされちゃうぞ」

『やぁだ、もう。ヤマちゃんったら』

 俺が言う冗談に、彼もまた簡単に乗ってくる。それは、まさかこの短時間に気持ちを切り替えられたわけはないから、おそらくはおどけて見せているだけなのだが。
 これ以上は、智紀の手が出せる範囲を超える。この先は、彼の恋人の仕事だった。

 はるかが笑ってくれた声で、この話はおしまいにして良いと判断して、ふと智紀はあることを思いつく。

「そうだ。明日さ、俺、病院バイトの日だからそっちに行くんだけど、帰りに店に寄っても良いかな?」

『えぇ。構わないわよ。それと、あんた、こないだ部屋の鍵忘れて行ったでしょ。ダメよ、しばらくは使わなくても、どうせ帰ってくるんだから、ちゃんと管理してなくちゃ』

 おねえ言葉の戻ったはるかに叱られて肩をすくめた。とはいえ、了解は取り付けたのに変わりはない。
 どうして?と思い出したように問い返されて、智紀は隠すつもりもなかったらしく、にまっと頬を笑みでゆがませる。

「実は、昨日さ。ラーメン屋の場所聞くのに、はるかさんに電話しただろ? あれで、弟がやきもちやいたんだよね。だからさ、紹介してもいいだろ? 友達だって」

『まぁ。嫉妬できるくらい回復したのね。良かったじゃない。ヤマちゃんが惚れるくらいだもの、いい子なんでしょ? 会ってみたいわ』

「そう? 良かった。じゃ、明日連れてく」

 紹介したい、と思ったのは、本当につい先ほど思いついたような、単なる思いつきなのだが、楽しみにしている、とはるかに応えてもらえて、その気になった。
 後は、和樹本人が嫌がらなければなのだが、おそらくは大丈夫だろう。

 それに、明日は月曜日なので、智紀の経験上、はるかの恋人も店にいる予定なのだ。
 それも見越しての提案だった。はるかの恋人であるその人にモノを言えるのは、一般人では自分だけだという自負がある。
 だから、はるかから相談を受けたことは、ちゃんと自分の手で解決まで持っていきたいし、それを見届けたい。

 つまりは、今回の電話の趣旨と、自分側の弟の嫉妬の解決と、両方に決着を付けようという魂胆なわけである。
 そううまくいくかどうかは、定かではない。二兎を追うものは一兎をも得ず、とならなければ良いのだが。

『じゃあ、また明日ね』

 電話をしてきた時よりはいくらか明るく感じる声で別れの挨拶をして、はるかの方から電話を切る。
 電話が切れた後の電子音が続いて聞こえてきて、智紀も携帯電話を耳から遠ざけ、切断ボタンを押した。





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