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 ずっと走っていると、その間にどんどん太陽は山の向こうへ隠れていった。
 道が狭いせいもあって、おそらくは退避場のつもりなのだろう。ところどころに駐車スペースが用意されている。走りやすく、景観の良い道だ。
 東京都も奥多摩観光に力を入れているのだろう。整備された道が延々と続いていて、くねくね曲がる道でも不快感がない。

 日が落ちると、あっという間に暗くなるのが山の道だ。
 登ったり下ったりしていた道が下り道に入ったところで、智紀は車を止めた。
 夕焼け空がちょうどきれいに見えた。和樹がそんな空を見上げて、感動したようだ。ほけーっと上空を見上げている。

 和樹の感動を出来るだけ長く残したくて、智紀は和樹がそんな空を見飽きるまで、じっと待っていた。
 ふと、和樹が自分を見つめている兄に気づく。

「なぁ、和樹」

 何?と和樹は首を傾げた。兄が、なんだか深刻な表情をしているのに、不安になる。

 智紀は、珍しく和樹の前で、深いため息をついた。

「今はまだわからなくても良い。ちょっとだけ、聞いてもらえるか?」

 こくん。神妙な様子の兄に影響されて、和樹も神妙な様子で頷いた。首をかしげ、兄の顔を覗き込む。そんな弟に、智紀は苦笑を返す。

「四年半前、ちょうど大学三年の冬で卒論を控えてて、一度帰ってきただろう?」

 それは、どうやら彼の昔話のようだった。智紀が和樹に一目惚れをした、すべての始まりの出来事だ。

 四年半前の冬。二年半で大学卒業に必要な単位のほとんどを取って、智紀は家に帰ってきた。
 週に二、三日だけ学校に行けば良い、しかも必要な授業はすべて午後からという生活を前にして、生活費を出来るだけ浮かせるためだった。
 一般企業への就職もするつもりはなくて、できるなら奥多摩のどこかの町の役場に勤めようと思っていたのだ。
 公務員試験を受けるなら、何も都心に暮らしている必要はなかった。それに、当時まだ存命だった祖父の容態も芳しくなかったのだ。

 そういったいろいろな事情があって、実家に戻ってきた智紀は、そこで三年ぶりに弟に会った。
 これだけ近くに住んでいたせいで、一人暮らしをはじめてからは盆や正月にすら戻って来ていなかったのだ。

 まだまだチビったいガキな和樹しか知らなかった智紀は、自分の弟とは思えないほど妖艶に育っていた弟に、一目惚れをしてしまった。

 智紀には、元々少年愛の趣味などない。彼の好みは太くなく細くなくのお姉さまタイプなグラマラス美女である。女性タレントで言えば、飯島愛や藤原紀香といったタイプだ。
 周りの人も当然のようにそう思っていたし、智紀本人もそんな自覚があった。

 だからこそ、最初は自分の感情が信じられず、まず自分を疑ったのだ。
 同性愛を否定するつもりはないが、その世界は自分には関係ないと思っていた。
 ましてや、家族である。一応常識はあるつもりだった智紀には、簡単に受け入れられるものではなかった。

 しかし、日々を過ごしていくほどに、智紀の理性の抵抗が空しいものとなっていった。
 和樹は帰ってきた兄に懐き、構ってもらうと嬉しくて、家にいる間はどこへでもついてくる。
 そんな弟を可愛がるのが、この上なく楽しい。懐かれるのが嬉しくて、しかし、どことなく苦しくて。

 そんな気持ちを智紀が和樹に打ち明けたのは、一冬明けた、桜咲く春の日だった。

 当時、和樹は小学六年生である。兄の欲望など、わかるはずもない。

 それでも、和樹は兄の想いを否定することはなかった。
 抱きしめられると首にすがり付いて嬉しそうに笑い、キスをされると真似をして兄の唇を舐め、それ以上の身体への愛撫も、素直に気持ちを身体で表現して返した。

 そうはいっても、まだ小学生の弟である。それ以上のことが、智紀にできるはずもない。せめて中学を出るまでは、と自分に言い聞かせていた。

 関係が両親にバレたのは、その年の夏だった。

 当時、智紀は、両親に見つけてもらったことを感謝していた。
 自分から和樹を傷つけずにすんだ。両親に反対された、という言い訳を手に入れて、自分からも逃げるように家を追い出された。
 そして、大学卒業を機に、青年ボランティアとして海外へ渡ったのである。

 海外では、主に戦争で家族や友人を失い、本人も深く傷ついた子供たちのケアに当たった。
 自分の怪我にショックを受け、大事な人を亡くしたことに心を傷つけられ、それでも懸命に生きる子供たちに、智紀は自分が平和な世の中に生まれてそれを当然と思っていたことを、深く反省した。
 当然ではない。実に恵まれた環境だったのだ。それを、実感した。

 二年間、海外で修行を積んだ智紀は、精神的な傷を負った子供たちの介護に全力を傾ける姿勢を評価され、日本へ呼び戻された。
 日本にも、親を亡くし、虐待を受け、または学校でいじめを受けて、心を病んだ子供たちが大勢いて、そんな子供たちの更生施設で働いて欲しい、というオファーがあったのだ。

 それが、今働いている病院である。
 その場所は、子供だけではなく、大人も年配者も、多種多様な人が、入院もしくは通院している病院だ。
 智紀が所属したそれは、施設としてはまだ実験段階で、病院に併設された青少年向けメンタルリハビリ施設、という位置づけだった。





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