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 週に数日出勤することでお互いに合意した、病院への出勤日は、毎週月、水、金曜日だ。和樹の通院日が毎月第三週月曜日なので、その週だけは一日ずらして火曜日に出勤する。

 近くの山へドライブに出かけてから、車に乗ることが和樹のお気に入りになっていた。
 出かけるぞ、と声を掛けると、兄の手にすがり付いて、嬉しそうに車に走り寄っていく。

 朝の首都高ラッシュは到着時間の予測ができない。
 したがって、かなり早い時間に家を出た。
 スムーズにつけば、外来の受付も始まる前に着いてしまう時間だ。だが、渋滞に巻き込まれてしまうのも、大体予想がつく。

 おそらく、ここ数年、和樹は渋滞に巻き込まれる、という経験をしていないのだろう。
 いじめで元々家に閉じこもりがちだったのに加えて、病気になってからは家族も家から出そうとしなかったのだから、仕方のない話だ。

 延々と続く車の列を、しばらくは興味津々な様子で見ていた和樹だったが、やがて飽きたらしい。助手席で、寝息を立て始める。子守唄のようなBGMも理由の一つだ。

 結局、朝の渋滞は予想を遥かに超え、一時間オーバーでようやく病院にたどり着いた。
 途中で、これは間に合わないと思ってから、すぐに電話で連絡してあったので、迎えた吉永医師は、特に怒った様子でもなく、謝罪した智紀に軽く手を振る。

 兄の腕にすがりつく少年に、吉永医師はその目線を合わせ、にっこりと微笑んで見せた。

「君が、和樹君だね。はじめまして。この病院の精神科医で、吉永と言います。よろしく」

 挨拶を受け、和樹は困ったように顔を上げ、兄を見上げた。それから、吉永医師に目をやり、また首を傾げる。

「和樹。返事は?」

 頭一つ上の方から、智紀がそう促すのに、和樹はどうしたらよいのかわからず、また首を傾げる。

「よろしくお願いします。だろ?」

 言いながら、智紀が隣で深く頭を下げて見せる。それが、お手本だ。
 和樹は、他人の言葉はちゃんと理解できる。言葉をつむげないだけで、心で何か複雑な気持ちが渦巻いているのも、見て取れる。

 反応を返す練習をしていたおかげだろう。
 簡単なことであれば記憶することもできて、どんなときにどうすればよいのか、といった対応術も覚え始めた。
 だから、やり方さえ教えてやれば、真似もできるし、それを誉めてあげれば、次からは自分でできるようになっている。

 兄に教えられて、和樹はぺこっとお辞儀をした。それを、智紀も吉永医師も、ほぼ同時に誉める。
 くしゃくしゃ、と二人に頭を撫でられて、和樹は嬉しそうなのだが、反応が重なってしまったのに、智紀と吉永医師は顔を見合わせて苦笑した。

「じゃあ、いつも通り、お願いします。今日は、西野君が来てるんだ。頼んで良いかな?」

 言われて、智紀は途端に眉をひそめる。
 いつもなら、二つ返事で請け負ってくれる青年の表情だ。吉永医師は、立ち去りかけた足を止め、どうしたのだ、と智紀の顔を覗き込む。

「今日、他に、中学生とか高校生って、どのくらい来てますか?」

「いつも通り。アサちゃんと雄太君と、ノリちゃん。あと、外来の子が二人、だったかな。どうして?」

 確認して、智紀は頭を抱える。
 確かに、ここに連れてくること事態には、何の問題も感じなかったのだが、この病院は、精神科の入院患者の他に外来カウンセリングも請け負っていて、集団トレーニング施設が智紀の担当なのだ。

「中高生はやばいんだよなぁ。無理だよなぁ?和樹」

 問いかけて、不安そうに小さく首を振る和樹を見下ろす。それから、腕を組んだ。何か手はないものか。

 中高生は無理、と言う言葉に、和樹の病気の原因がいじめか何かなのだろう、くらいは想像がついたらしい。
 そうか、と吉永医師も一緒に困ってくれた。それから、ぽん、と手を打つ。

「今日は火曜日だから、トミ婆ちゃんが来てるんだ。子供たちに紙芝居をするといって手作り紙芝居を持ってきていたから、彼女のお手伝い、はどうだろう?」

「紙を繰る手伝いくらいはできるな。どうする? 和樹。婆ちゃんのお手伝い」

 意思を尋ねられて、和樹は少し考える仕草を見せる。それから、少しだけ不安そうに兄を見上げて、首をかしげた。

「俺も、見ててあげるよ。グループが変わるだけで、同じ部屋だからね。トミ婆ちゃん、良い人だよ。和樹もきっと気に入ってもらえる」

 首をかしげた、その仕草で、問われた内容まで理解できてしまうのだから、やはり兄弟というのは、強い絆で結ばれているのだろう。
 吉永医師は感心したように、そんな兄弟のやり取りを見ていた。そして、和樹が頷いたのに、頷いて返す。

「よし、決まった。後は頼んでいいかな?山梨君」

 今の時間、彼は診察中のはずで、そう長いこと診察室を空けておくことは出来ない。
 はい、と頷いた智紀の肩を叩いて、彼は一足先に急いで彼の仕事場へと戻っていった。

 行こうか、と声をかけ、弟に手を差し出す。和樹も、迷うことなく兄の手を取った。





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