13
目が覚めて、智紀は自分の身体がふかふかなものの上に乗っているのに気がついた。
昨日は、がちがちに身体が固まっていて、節々の痛みに目を覚ましたが、同じ格好で寝たはずなのに、心地よい目覚めになっている。
身体を起こして、智紀の身体の下に応接用の座布団が並べられているのがわかった。
和樹が寝ているはずのベッドの上はもぬけの殻で、たたんだ布団が足元に置かれている。
ベッドの上がすっかり冷え切っているので、和樹がベッドを降りてから結構な時間が経っているのがわかった。
「ん〜? 今何時だ?」
そんなに、寝すぎるほど寝たような感覚はない。眠りについたのが早い時刻だったこともあって、まだ朝も早い時刻のはずなのだが。
どうやら誰かが気を遣ってくれたらしいその座布団を重ねて抱え、智紀は一階に下りていった。
居間に入った途端に、柱時計が六時の鐘を鳴らす。
台所では、祖母が朝食の支度をしていた。
洗面所のほうから電気シェーバーの音がするので、今父が使っているのだろう。
そこに、和樹の姿はない。
「おはようございます」
「おや、おはよう。早いね。もっとゆっくり寝てて良かったのに」
この家で、一番最初に打ち解けてくれたのが、この祖母だ。
一ヶ月の試用期間は妥協することにしたのだろう。
本心から信用してくれたわけではないのだろうが、だからといって邪険に扱うこともしないので、ありがたい。
「和樹、知りませんか?」
「裏の畑にいないかい? 今、ヒマワリを育ててるんだよ」
それは、初耳だ。ありがとう、と礼を言って、智紀は日常履きのスニーカーを引っ掛け、玄関を出る。
幾分大きめな家を半周回って、裏の畑に出た。そこに、和樹はしゃがんでいて、何故だか嬉しそうに地面を見つめていた。
「和樹?」
声を掛けると、和樹が顔を上げる。そして、にこっと笑って返した。地面を指差す。
覗きこんだそこに、アリの行列ができていた。
なるほど、これを観察していたらしい。
そんなのどかな風景が、智紀の目には実に感慨深く映った。
やはり、都会に染まっている。
コンクリートの地面の上では、アリの行列も珍しい。
ヒマワリの栽培だって、簡単にはいかないだろう。結構大きくなるので、プランター栽培が不可能なのだ。
つくづく、ここは環境が良いと思う。心に傷を負っている人には、このくらいの安らぎは必要不可欠だ。
「和樹。ヒマワリは?」
あっち、と和樹は畑の隅を指差した。
木枠で仕切られたそこは、和樹用の畑だ。
その向こうには、ネギやらほうれん草やらナスやらトマトやらが育てられている。見事に家庭菜園の趣である。
売り物ではないから、作り方も結構適当で、きっと祖母が手入れをしているのだろう。
和樹も手伝っているかもしれない。
「結構太いな。高くなるぞ」
すでに膝丈くらいに伸びているヒマワリは、将来のサイズを予告するように茎が太く、頑丈に育っていた。
そんな智紀の言葉を聞いて、和樹が自分の頭の上に手を伸ばす。
このくらい?と聞いているのだろう。
首を傾げて見せたので、智紀はいやいやとさらに高く手を伸ばした。
和樹の目がびっくりしている。
「今日は、病院に行く日だろ?」
こくん。その頷きは、別に嫌そうでもなく、といって嬉しそうでもない。和樹の評価が珍しく表情からはうかがい知れなくて、智紀は弟の顔を覗き込んだ。
「病院、嫌いか?」
その問いに、和樹は少し考え込んだ。それから、頷いて、首を傾げて、首を振る。
「どっちだよ」
おもわず、突っ込んでしまった。全種類答えられても、読み取れない。
肯定して、困って、否定する? どう捕らえれば良いのか。
「先生は好き?」
こくん。これは、困らないらしい。迷わず頷く。では、否定の意味は何か。
「人がいっぱいいるのが嫌か?」
こくん。また、肯定。
なるほど、納得。
確かに、病院の感想には困るかもしれない。
診察を受けるのに嫌悪感がなくとも、場所はあまり歓迎できないわけだ。
とはいえ、病院は病を抱える人が集まる場所であり、先生はその病院に勤務しているのだから、避けることは不可能だ。
「今日は、俺も一緒に行くからな。車で行こう」
ぽんぽん、と頭を優しく叩いてそう提案すると、和樹は嬉しそうに笑った。
昨日のドライブで、車のお出かけは気に入ってもらえたらしい。
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