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その夜のこと。
床についたすばるは、夢の中にいた。
何しろ毎日の逢瀬だ。それが夢の中であることは、改めて考えるまでも無い。
そろそろ懐かしさも薄れた、昔住み慣れた屋敷の縁側に二人並んで座り、現実では大嵐でも変わらず日の当たる暖かな陽気の中、隣に座る血まみれの恋人に身体を預ける。
血の臭いが気にならないといったら嘘になる。けれど、その姿をさらしても自分に会ってくれる恋人に、感謝こそすれ、嫌悪感など微塵も浮かばない。
そもそも、自分を置いて先に死の世界へと旅立っていたはずの恋人なのだ。その人がいなければ、生きている意味が無いとまで断言できる人だ。霊であったとしても、会えるだけで幸せだと思う。
普段から側にいるのだから、その日にあったことを説明する必要など無いはずなのだが、すばるはそれでも恋人に一日の出来事を語る。聞く側も、側にいて見物している事実より、すばるの目を通した話を楽しみにしているらしい。
「まさか、永倉さんに会えるとは思わなくて。元気そうで安心しました」
『お前が生きていて、驚いていただろう?』
「ふふ。歳さんがいけないんですよ?」
『バカ。会えて良かっただろう?』
肩を寄せ合って、睦言を囁きあうような甘さで詰っても、それは本気とは受け取られず。すばるもただ甘えているだけだったようで、嬉しそうに笑っていた。うっとりと見つめあい、口付けを交わす。
『たまには禁欲してみたらどうだ?』
「嫌、ですよ。そうやってまた俺の寿命を延ばそうとしてるでしょ。もう、いい加減諦めてください。ちゃんと生きながらえてるだけでも、誉めて欲しいくらいです」
お互いに抱きしめあいながら言う話ではない。だが、二人ともそんな不自然さは気にした様子もなかった。実物ではないとしても、触れればぬめりと滑って付着する血液を気にせず、すばるは愛しい恋人の胸に頬を寄せ、微笑んだ。
「ね。歳さん」
『仕方の無い子だ』
「やだな。こんな身体にしたの、歳さんでしょ?」
うっとりと蕩けた視線を恋人に向け、そっと目を閉じる。
次に目を開けたのは、時間にして一秒も無かったが、居場所はガラリと変わっていた。これまた見慣れた景色。壬生の屋敷にあった土方の書斎だ。
しかも、布団も敷いてあった。用意周到というべきか。さすが夢だ。
横に並んで座っていたのはそのまま、ふわりとその場に横たえられる。見つめあい、口付けを交わせば、すばるの身体は勝手に熱を持ち始めた。
土方の施す手順に慣らされた身体は、もうその手でしか感じることもできない。
『愛しているよ、総』
死んでもなお、夢にまで押しかけてくるくらい。霊感の無いすばるには、普段すばるの側で守っているその姿を見ることは出来ないが、だからこそ、夢の中でしか言葉を交わすことすら出来ないが。
赤い襦袢の帯を解き、女装姿の着物の袷に手を忍ばせる。指先で触れた蕾に、すばるが喉を振るわせる。
はるか昔に肌を重ねた記憶を辿り、実際に触れた感覚がなくとも、錯覚が補ってくれる。だから、絶対に新しいことなどしない。どんなにマンネリの不安があろうとも。
夢なのだから、嘘でしかないのに。触れた肌は火傷しそうに熱く、唇から吐き出される乱れた息も熱を持つ。下腹部で硬く屹立するその凶器に、思わず舌なめずりをしてしまうすばるの顔が、色っぽい。
『欲しいんだろう』
「歳さんってば、いつもどうしてそう意地悪なんだろう」
本心ではないのだろう。からかわれたのをそのまま返すように、くすくすと笑って言葉を返す。そのすばるの台詞に、土方もくっくっと笑った。
『今日は、どうする?』
「いつも俺に言わせるんだね」
『ならば、今日は私の希望に付き合ってもらうか』
「歳さん、ねちっこいからなぁ」
『快感に身を捩っている時のお前が可愛いのさ』
「何言ってるの、こんなブ男つかまえて」
本気にしていない返答に、しかし、土方はただ笑うだけだ。恋人の可愛さは、自分だけが知っていれば良いこと。本人に自覚させるつもりも無い。
『今夜は休めないと思えよ』
私を煽ったお前が悪い。そう耳元で囁き、そのまま耳たぶに噛り付く。ねっとりと絡みつく舌の感触に、甘く噛みしめられる歯の小さな痛みと相まって、何故かその痛みが快感に変わる。
「……ぁん……」
どうせ夢の中。誰かに聞かれる心配も無い。遠慮なく快楽の声を上げれば、土方はすばるの胸の上で満足そうに笑ってくれた。
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