伍の6




 今日もまた、不忍池のほとりには、ポニーテールの良く似合う美人が佇んでいる。
 今回は、こちらの事情で延期にさせてもらっていた対抗試合の、改めての日程調整がその用件だった。

 吹く風に揺らされて、池を囲む木々の葉が、さわさわと音を立てている。
 もうすぐ秋になる。優しい日差しが、行きかう人々を暖かく見守っている。

 すばるの手元には、相変わらず、見合い相手の釣書の束が抱えられている。
 断っても、どうしてもと押し付けられるのだから仕方がない。

 だが、それらを見下ろすすばるの表情は、一頃に比べればだいぶ落ち着いたものだった。
 それどころか、改めてそれを見下ろして、くすりと苦笑まで浮かべる。

「今夜は、この話をしようかな。歳さん、妬いてくれるかなぁ?」

 毎夜毎夜、夢の中で逢瀬を重ねる恋人は、生前と同じように優しいまなざしで自分を見守ってくれる。
 その温かさに身を任せるだけで、幸せを噛みしめる。
 夢で逢う毎に、自分の身体が蝕まれていくのに気づいても、それすらも幸せで。

「ねぇ、歳さん。早く、あなたのそばに行きたいよ。そうしたら、ずっと一緒にいてくれるでしょう?」

 今も昔も変わらない、すばるのただ一つの願い。
 いつかは叶えられるはずの、切実な願い。

「でも、そうなったら、藤堂さんは泣いてくれるんだろうな」

 それはそれで、申し訳ない気もするけれど。
 わかっていても、それでも。
 今は、それ以前よりも、死を見つめて生きている。
 生きている間を、精一杯生きていく。
 それが、今のすばるにできることだから。

 と。
 ふいに、すばるは後ろを振り返った。
 背後に複数の男たちの怒声を聞いた。
 どうやら士族崩れの男たちに気の毒な商人ふうの男がぶつかってしまったところであるらしい。
 医者がどうの弁償がどうのと言っている。

 すばるは軽く肩をすくめると、のんびりとした動作で腰を上げた。

 世の中は、すばるに物思いにふける暇すらも与えてくれないらしい。

 その商人風の男が知り合いでないことに少しだけほっとして、あっという間にできた人だかりに近づいていく。

「ちょいと旦那方。およしなさいよ、困っているじゃありませんか」

 季節は初秋。天気は快晴。

 明治になって地名が変わった今でもやはり、花のお江戸は日本晴れだった。










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