伍の3
地下の、けして日の光が当たることのないこの場所を、部屋全体を豪華絢爛に魅せているシャンデリアが、まぶしいくらいに照らしている。
炎が生み出す光とそれを吸収して拡散する水晶の力が織り成す、芸術的な光だ。
しかし、その光が照らすものは目を覆いたくなる惨状だった。
シャンデリアのすぐ下に、金髪碧眼の男が日本刀を手に倒れ、目はかっと見開き、腹の下をおびただしい血で染めている。
すでに鬼籍に入っている男の周りには、年齢も格好もさまざまな男が四人、棒立ちに立っている。
それに、袴姿の美女も一人。
美女のすぐ目の前には、これまた将来が楽しみな美少女がいて、ピクリとも動かない年上の女性をうれしそうに微笑んで見上げている。
「以前会った時は、これが何故『鬼姫』と呼ばれたのかわからなかったが、確かにこうしてみれば、女と見まごう美貌だな。その美貌も、わしが友好的に使ってやろう。ありがたかろう? のぅ、沖田総司」
返事がないことは承知で、彼女は一人、満足げに笑ってそう話しかけていた。
口調と外見が合っていないことは、彼女の感知するところではないらしい。
直そうという意思が見当たらない。
ふふふっと声に出して笑って、伊藤はしばらくすばるを眺めていたが、そのうち満足したのか、扉が開け放たれたままの隣の部屋へ入っていった。
少女の姿が見えなくなると、人の数は多いはずなのに、動くものもなく、ひっそりとしてしまう。
そもそも、生きた人間がこれだけいて、一人も動かないところがおかしいのだ。
息もしているのかどうか、怪しい。
少女がいなくなってしばらくして。
ぴくり、とすばるの指が動く。
開いたままのまぶたが閉じられる。
ふらりと身体が傾いで、そのまましゃがみこんだ。
「痛……」
どうやら、開いたままだったせいで目が乾いてしまったらしい。
しゃがみこんだ姿勢で、両手で顔を覆う。
指の隙間から、涙らしい、透明な水が流れ落ちた。
嗚咽のような声が漏れる。耳を澄ませば、それは意味を持った言葉だった。
「歳さん……」
痛みを感じる。
それに、愛しいあの人の姿が見えない。
だから、これは現実だ。
そうわかって、すばるは途端に泣き出してしまった。
土方を失ってから、本当に涙もろくなったと思う。
今度こそ、ちゃんと約束をしたのだから、永遠に会えない今までの状況よりずっと良くなったのに。
夢の世界で見た土方の姿が、すばるの胸を締め付ける。
自分はいいから、もうあの世へ行って楽になって欲しい。そう言える自分だったなら、どんなに良かったか。
それでも。一度会ってしまったら、もう二度と失えない人なのだ。
彼がいなければ、生きていけない。自らの命を絶ってしまったらきっと、彼の元へは行けないと、わかっているのに。衝動的に、海に身を投げてしまいそうな自分がわかる。
ならば、彼を求める以外に、すばるに術はない。
がんばれ、総。
そう、彼の声が聞こえた気がして、すばるは顔を上げた。
土方の姿は見えないけれど、なんだか近くにその存在を感じる。
きっと、そばで守ってくれているのだ。全身全霊をかけて。
だったら、自分はそれに応えなくては。
自分を叱咤し、すばるはそこに起き上がる。右手につかんだままの刀を握りなおす。
あの人に救われてから、ずっと自分を助けてくれた愛刀だ。きっと、自分の心よりも信用できる。
弱い自分の心を無理やり振り切って。すばるは深く息を吸い込み吐き出すと、ようやく顔を上げた。
きりっとした鋭い眼差しは、幕末を走り抜けた新選組一番隊組長の面影を残している。
とにかく、今考えるべきことはただひとつ。
ここにいる仲間たちを、無事に日常へ送り届けること。
「伊藤はどこだろう?」
口に出して目的を定め、すばるは周りを見回した。
見回す限り、その姿が見えない。
どこへ行方をくらませたものやら、だが、せっかく捕らえた餌食を放って逃げ出す謂れもないだろうから、何かまた企んでいるのだろう。
[ 30/39 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]戻る