伍の1




 思いもしなかった事実に、いち早く気づいていたすばると本人以外は全員が、驚いた表情を隠せもせず、眼を見開いて少女を見つめる。
 そんな視線を、少女にしか見えない伊藤が、気持ちよさそうに引き受けている。

 一体どうしたらそうなったのかは不明だが、認めざるを得ない事実がそこにあった。
 自己申告によれば、その少女の身体は、四年前に暗殺によって命を落とした明治維新の立役者、大久保利通の血を引く娘だという。
 そこに、日本国を奪いにやってきた国賊、伊藤惣瑞が住み着いているのだ。
 とんでもない奇跡を起こしたものである。

 少女、いや、伊藤は、驚きに身動き一つ取れない彼らを挑発するように、まるで自慢話でもするような口調で、そのからくりを解き明かして見せる。

「歳をとると、身体も思うように動かせん。そうしたら、ふふっ、異国の魔術とはなかなかに粋なことをしてくれるわ。延命の術と称して、その実、若い身体と交換をするのだよ。これで、わしは不死身だ。具合が悪ければ、また新たな身体に乗り換えるだけよ。どうじゃ、うらやましかろう?」

「……気味が悪いだけだよ、『鬼医者』」

「ははっ。賛辞と受け取っておこう、沖田総司。そなたの不老の身体には敵わぬさ。一体どうやった?」

 ただ一人、つらつらと自慢し続ける伊藤に突っ込みを入れたすばるに、伊藤の興味が移ったらしい。
 まるで臓物まで嘗め回されそうなくらいにじっくり見つめる、薄気味悪い視線に、さしものすばるも後ずさりしてしまう。
 視線だけで身体の奥深くまで犯されそうだった。

 生理的な嫌悪感から身を退けたすばるをじっくりと眺めやって、実に興味深そうな表情だった伊藤は、それから、何に気づいたのか、ぽん、と自分の手を打った。

「そうじゃ。そなた、その身体をわしによこせ。これぞ、理想的な不老不死じゃ。悪いようにはせぬぞ」

「冗談じゃないよっ」

 まったくとんでもない提案で、それも、よこせ、とばかりにこちらに伸ばしてくる手を、すばるは飛び退り避けながら、叫び返す。

 冗談じゃない。
 確かに、恋人に置いていかれてあの世を見つめて生きてきたすばるだが、そうは言ってもこの身体は、その恋人が残してくれた大事な身体なのだ。
 自分が最後まで使い切って、あの世まで持っていくくらいでなければ、あの人に申し訳がなさ過ぎる。

 が、伊藤の方は、目をつけた理想的な身体を、そう簡単に諦めるつもりもない。
 逃げるなら、どこまでも追うだけのことだ。
 どうせ、ここを取り囲む他の男たちなど、すでにでくの坊と化していて、伊藤の敵ではない。
 願ってもない貴重な機会である。そこには『鬼医者』の意地もあった。

 執拗に追ってくる伊藤の、少女の細腕から逃げながら、すばるはその辺に立ち尽くす仲間たちに檄を飛ばした。

「藤堂さんっ! いつまで呆けてるのっ。助けてっ」

 助けろ、というか、逃げずに対抗すれば、どうも自分の敵ではなさそうなのだが。
 すばるはしかし、気味の悪さからくる嫌悪感で、自分の太刀を抜くタイミングを逸していた。
 となれば、頼りになる人を頼るしかないのだ。

「坂本さんっ。お願いですから、目を覚ましてぇ」

 それは、悲鳴に近かった。
 本気で逃げることなど、元服してからは一度もなかったすばるが、こればかりは本気で逃げ回る。
 逃げ回るだけの広さがある部屋なのだ。だが、やはり室内ではある。逃げるにも限界があった。

 しかし。呼べど叫べど、なぜか他の仲間たちはピクリとも動かない。

 いや、ピクリとも動かないのは、それはそれで違和感を覚える。

 ここへきて、すばるは何かおかしいことに気づいた。

 そう、誰も彼もが、そこに立ち止まったまま、ピクリとも動かないのだ。
 動いているのは、自分と伊藤と、天井を飾るシャンデリアの炎だけ。

「ほほっ。ようやく気づいたか。そなたは何故この術にかからなんだのかのぅ。素直にわが術にかかっておれば、苦しまずにあの世の恋人に会えただろうに」

 それは、その言葉をそのまま解釈するならば、伊藤の言う、異国の魔術の力によって、仲間たちの自由が奪われているのだ。

 つまり、自分の身を守ることができるのは、自分だけということ。

「そんなっ」

 それは、信じられない、というよりは、信じたくない事実だった。思わず、立ち止まってしまう。

 すばるが急に立ち止まったことで追い越してしまった伊藤は、長い髪をさらりと流して振り返ると、獲物でも追うように、ゆっくりと間合いを詰めた。

「もう逃げなんだのか? そう、諦めが肝心よ。そなたの有意義な身体、わしが有効に活用してくれよう。そこにじっとしておれ」

 縮まっていく間合いは、そのまま、すばるがすばるでいられる残り時間を示すかのようだ。

 だが、すばるとて、そのままやられるほど往生際は良くない。

 左手で握り締めていた太刀の柄に、右手をかけ、すらりと抜き放った。
 手元に彫られた銘は、沖田総司の愛刀と知られた名刀を示す。
 今、すばるの手元に残っている、幕末当時を知る唯一の相棒だ。
 これも、あの頃の思い出がたくさん詰まっている。きっと、土方の思いも宿って、すばるを守ってくれるはずだ。

「この身体が欲しければ、力ずくで奪うんだねっ」

「その身体に傷をつけろと言うか。ふん。刀など交わすまでもない。そなたも、わが秘術に堕ちるが良いわ」

 身構えたすばるの間合いから飛び退って、伊藤はすばるの抵抗など歯牙にもかけず、執拗にその会得したという魔術を使おうとする。

 そもそも、何故すばるだけが伊藤の術を逃れ得たのか。
 それを解明すれば、きっと対抗策は見つかるはずなのだ。
 自由を奪われた仲間たちも取り戻さなければならない。みすみす、捕まっている場合ではない。

 では、一体その違いとは何だったのか。

 一番に思い当たるのは、目の前にいる少女が伊藤惣瑞であると、気づいたか気づかなかったかだ。
 だが、それは各々の認識の違いであって、それによってすばるも気づいていなかった魔術から逃れられるとは思えない。

 では、他に何が違っていたのだろうか?

「沖田総司ぃ!」

 少女のかわいい声で、なのに鬼気迫る声色で、その名を呼ばれる。
 思わず、反射的に顔を上げてしまった。

 そして、悟った。
 それは、視線を合わせることでかけられる術なのだと。

 せっかく悟ったそれは、しかし、薄れていく意識の片隅に沈み込んでいった。





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