肆の8




「どうして、私がお客さんたちを帰さないと言うの?」

「そろそろ、その純真ぶった仮面、はずしてくれないかな?お嬢さん。とっくにばれてるから」

 振り返ってみれば意外と長い付き合いの弘一郎が見て、その言葉は実にすばるらしくないのだが。
 はっきりとそう言い切った。
 言うと同時に、少女の身体を隠している掛け布団を引き剥がす。
 手を伸ばせば届く距離にあったそれは、何の抵抗もなく、彼女の足元へ追いやられた。

 露わになった少女の寝巻き姿と同時に、そこに隠されていたすべてが、居合わせた全員の視界にさらされる。

 見たとたん、飛び退って自らの剣に手をかけたのは、弘一郎と正己が同時だった。

 布団をまくったすばるは、大体の予想はついていたのだろう。
 平然と、肩をすくめて見せる。ほらね、といったところか。

 そこに見たものは、少女が持つには大きすぎる太刀だった。この細腕で、振り回せるのか心配に思えるくらいに、立派な太刀である。一般的な長さに比較しても、いくらか大きめに作られているようだ。

 その得物を見られてまで装い続けることはできない少女は、ちっと舌を打ち、ベッドの上に跳ね起きる。
 その俊敏な動きは、つい先ほどまでベッドに横になっていた女性の行動には、到底思えない。

 ベッド上に立って、すぐにでも襲い掛かれそうなほどに身構えた彼女は、その体勢のままですばるを睨み付けた。

「何故わかった。騙されなかったのはお前だけだ」

「何故、もなにも、怪しすぎるよ、あんた。そんな血色の良い顔して、起き上がれないほどのひどい病にかかってるわけがない。それに、この部屋には病人の部屋独特の匂いがしない」

 匂いだと、と怪訝な表情を見せる彼女と対照的に、その言葉で腑に落ちた人がそこに二人。
 確かに、すばるは、すばるになる前、死神に見入られ苦しみぬいた経験がある。それは、有名すぎるほどに有名な話だ。

 そもそも、今ここにいることが奇跡なのだ。その人の言うことである。疑う余地はない。

 だいたい、とすばるの言葉はさらに続く。

「そもそも、貴女、何歳? 父親だというあの男が国外退去になったのは、十五年も前の話だ。その時、貴女はいくつだった? 帰ってきた父親に従ったとしても、歳の計算が合わないよ」

 ま、歳の計算が合わないのは、貴女が初めてじゃないけどね。そう言って、すばるは軽く肩をすくめる。

「そもそも、貴女が伊藤の娘だというのも、怪しいと思うよ。会ったことあるけど、貴女、あの人にさっぱり似てない」

「え? 会った……? お前、沖田総司か!?」

 すばるが会ったと言ったのは、彼女ではなく父親なのだが。
 少女は、何故それがわかったのか、驚愕と同時にすばるの名を言い当てた。
 そして、飛び退るようにすばると反対側に飛び降りると、脱兎のごとく逃げ出した。

 安藤がすばるの命令を聞いて開け放していた扉をすり抜け、安藤が思わず出した手を逃れて、隣の部屋へ。

『し、シミュエルっ!?』

 逃げたその部屋で、転がされたままのその死体を見たのだろう。本気で驚いた叫び声が聞こえてくる。

 彼女を追って、全員が前の部屋に駆け込んだ。彼女は、呆然と金髪の男を見下ろしていたが、追ってきた男たちを振り返ると、また、その先の扉へ逃げ出す。

 が、それをみすみす逃がす彼らではない。
 扉の取っ手に手をかけた彼女は、そこで足を止めた。
 目の前に、深々と突き刺さったのは、誰かが放った短刀。
 鼻先を掠められてそのまま動けるほど、人間は自らの反射神経を育てられるものではない。

 それを放ったのは、彼らの中では力がない方に数えられていた、八十助だった。
 一体何本持ってきていたのか、もう一本の短刀を手の上で玩んでいる。

 そもそも、八十助は、藤堂道場に入門する前までは、その辺のごろつきとつるんで悪いことばかりしていた、やんちゃな青年だったのだ。
 今は弘一郎が主人になっている剣道場は、前身は悪い噂ばかりが立つ不良士族のたまり場だったところで、弘一郎がまだ暗かったすばるを連れて大掃除にやってきたのだが、その時その場にいて弘一郎の腕に惚れ込んだのが入門のきっかけだった。

 今では弘一郎の教えを受けて師範代になるまでに成長した彼だが、元々は我流の喧嘩剣術で、そこそこの腕っ節もあったから、ここまで成長するには紆余曲折があったわけで。

 だからこそ、短刀投げなどという曲芸に近い技も持ち合わせていたりする。

「それ以上動いたら、頭かち割るぜ、お嬢ちゃん」

 相手の正体が病弱なか弱い美少女ではないのであれば、八十助も手加減する理由がなくなるわけだ。
 元来のべらんめぇ口調まで持ち出して、八十助はそう脅して見せた。
 それが単なるこけおどしでない事は、目の前で証明済みだ。下手に動けるものではない。

 観念したのか、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。だが、口元には不適な笑みが浮かぶ。

「この中じゃあ、わしに敵いそうなのは沖田総司くらいかのぅ」

 それは、彼女がその外見で言うには、とにかく違和感ばかりを感じる、言葉だった。
 言葉遣いも、一人称も。
 しかし、その言葉から何を悟ったのか、すばるだけが眉を寄せて不快感を表情に示した。

「……なるほど、『鬼医者』か。また気味の悪いことをしてくれたもんだ」

「ほう。そなた、察しが良いな。自分が非常識な身体をしていれば、多少のことでは動じないというわけか」

「他の事はどうでもいいけどね。この身体をどうこう言う奴は、明日の命はないと思いな」

「おう、かわいい顔して恐い事を言うじゃねぇか」

 その、少女の姿にはどう見ても似つかない年寄りじみた言葉運びで、彼女は、いや、彼女の姿をした何者かは、へらっと笑った。
 その不気味な笑い方が、さらに現実感を危うくさせる。

 どうやら、その中身の正体に気づいているらしいすばるは、実に不機嫌だった。
 目の前の不気味な奇跡を起こして見せた何者かに対する嫌悪感と、自分の本意ではないにせよ大事な人からもらった大切な身体をからかわれた屈辱で。

 とはいえ、以前よりはずっと我慢強くなった、と自分では思っているすばるは、ここはぐっと我慢する。
 それに、まだ聞きたいことはあった。

「……あんた、その身体、本当にあんたの娘?」

「ふふん。わしに娘なんぞおらんわ。これは、あの小憎たらしい大久保の隠し子よ。ははっ。奴め、今頃あの世で悔しがっておろうのぅ」

 それはつまり、少女の殻をかぶった何者かが認めたその正体を、暗に示していて。

「お、お前はっ!?」

 あまりの驚愕に、弘一郎が柄にもなく叫び声をあげてしまう。

 目の前に立って、気味の悪い笑みを浮かべる少女は、つまり、このさらに地下深くで干からびた、伊藤惣瑞その人だった。





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