肆の3
しかし、エターも負けてはいない。
「ここは、治外法権が働いている。日本ではないよ、レディ」
「知らないわよ、そんな政治的なこと。ここは、日本の地だわ。たとえ、この一角を支配するものが外国籍の不届き者であろうと、ね」
「国に雇われたものが、国の定めに従わないとは。日本は思った以上の野蛮な土地だ」
「誰が、国に雇われたって? 冗談でも、そんな世迷言、口にしないで欲しいね。相手を見てモノを言いな。俺が国のために働くなど、万に一つもありえないよ」
エターは、自覚することなく、地雷を踏んだらしい。
すばるの声が、取り繕うことも忘れた地声に戻る。一人称も、男を示す、俺。
今までの繕いが無駄骨に終わっても、それだけは、すばるには譲れない。
沖田総司の名にかけて、国の雇われ者になど、天地がひっくり返ってもなるはずがないのだ。
「あなた、生きてこの部屋を出られると思わないことだよ」
すべては、すばるの機嫌を見事に損ねる発言をした、エターの自業自得というものだ。
すばるは、そんな風に目の前の外国人を脅し、背後にいてこちらを見守っている二人の仲間に、振り返りもせずに声をかけた。
「手を、出さないでくださいね。それと、できるだけ、壁にへばりついていた方が良い。巻き込まないとも限らないから」
それは、すばるが本気であることを、物語っていた。
格好は、今なら誰でもその命を奪えそうなほどに、無防備なそれであっても。
その本気を、安藤は一度は同じ隊に所属した経験からか、敏感に察知したらしい。
見た目にわかるほどに、大きく震えだした。
「エ、エター。止めろ。おま、お前の敵う相手じゃ……」
「裏切り者は口を出さないでクダサイ」
せっかくの安藤の制止も無視し、エターはゆっくりとその剣を正眼に構えた。
その仕草は、幼い頃から剣の修行に明け暮れてきた日本の元武士にも負けない、堂に入ったものだ。
だが、そんなエターを、すばるは鼻で笑う。
「そんなに自信があるなら、かかってくれば?」
「言うまでもないっ!」
すばるの挑発の言葉に、エターは自ら乗ってくる。
やっ、と声をかけ、地を蹴った。
エターの剣は、まっすぐに、すばるに向かって襲い掛かる。
その太刀筋に、迷いはない。
誰が見ても、その刃に倒れるすばるの姿を、想像するだろう。
しかし。
「ぐあっ!?」
あがったのは、エターの悲鳴だった。
放たれたのは、たったの一撃。逆袈裟に切り上げられた傷口から、大量の血しぶきが上がる。
それは、襲い掛かった本人こそが、何が起こったのか理解できていない、一瞬の出来事だった。
血しぶきから逃げたすばるが、唯一刀に残ったエターの血を、一振りして振り落とす。
「さ。藤堂さんを追いましょう」
あまりに一瞬の出来事に、呆けた表情でそれを眺めてしまった八十助と安藤が、すばるに声をかけられたことで正気を取り戻したか、今更ながらに震えだした。
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