肆の2




 着いたところは、こんな地下道には似合わない、立派な観音開きの扉だった。

「ここか」

「ここだ」

 問うまでもなく、まず間違いなく、ここだろう。いかにも、な重厚さを漂わせていた。

 安藤を繋いだ腰縄を正己に預け、弘一郎はその観音開きの戸を大きく左右に押し開く。
 扉は、音もなく、向こうに開いた。

 待ち構えていたのは、金髪で碧眼の男だった。
 葉巻の匂いを残してここに来たくらいだから、弘一郎らがここまで追ってきていることは承知していたのだろう。
 すでに臨戦態勢だった。洋服に似合わない刀を腰に差し、足を大きく開いて重心を低く構えている。

 バタン、と男の背後で戸が閉まる音がしていた。

「父上」

 この場では、親娘の関係を装うこともないだろうに、突然すばるが弘一郎にそう呼びかける。
 その呼びかけに驚いて、弘一郎は一瞬反応し損ねた。

「……なんだ?」

「行って下さい。ここは、私が」

 行け、とは、先ほどの扉が閉まった音のことなのだろう。
 言われて、弘一郎はすばるを見返した。

「すぐに片付けますから。行って下さい、父上」

 それは、扉の先がどうなっているかわからないだけに、急がなければならないのだ。
 わかるから、すばるは弘一郎を促した。

 弘一郎が動こうとした時、同時に、金髪の男も道を塞ぐように動いた。
 右へ動けば右を塞ぎ、左に動けば左を塞ぐ。

 ちっと弘一郎は舌打ちをした。

「すばる。ここは任せる」

「えぇ。お気をつけて」

 すばるの応えを受け、弘一郎は身をかがめつつ、正面から金髪の男へ向かっていく。
 その背後で、すばるはゆっくりした動作で、愛刀を鞘から抜く。

 金髪の男、シミュエル・エターは、どうやら居合いを習得していたらしい。
 腰に刀を差して、手は柄にかけた、居合い独特の構え方で、弘一郎を迎え撃つ。

 弘一郎の足が地を蹴り、エターの白刃が襲い掛かる。

 が、次の瞬間、弘一郎は空中で身を捩り、エターの凶刃をすんなりすり抜けた。
 代わりに、エターは弘一郎の背後から襲ってきた刃を自らの刀で防がねばならず、背後の扉をまんまと出て行く弘一郎を追うことが出来ない。

 それは、女性物の着物を着ているおかげなのか、どう見ても女性にしか見えない、美貌の女性が操る太刀だった。
 刀身には銘が刻まれ、見るからに重そうな鋼拵の、女性が片手で操るには無理にも見えるそれで、しかし、その刀は柄の尻を右手で優しく掴んだだけだ。
 とても、力が入っているようには見えないのだが、にもかかわらず、押し返すことが出来ないでいた。

 居合い抜きのままの片手持ちだったそれに、空いた左手を添えて押し戻し、ようやくすばるを押し返す。
 すばるも、弘一郎を通してしまえば、それ以上頑張るつもりもなく、押し戻される力にしたがって、後方へ飛び退った。

「あなたが、しゅみえるえったー?」

「人のネームを間違えるトハ、失礼なレディですネ」

「性別を間違える方も、失礼だとは思うけど? それに、自己紹介を聞いたわけではないわ。私にその名前を教えた人が、そもそも間違えてたんでしょ」

 エターの片言の言葉にひるむこともなく、すばるは軽く肩をすくめてみせる。
 右手に持った刀はだらりと下に下がり、今なら子供でも勝てそうなほど無防備だが、エターはその相手に対し、注意深く隙をうかがっている。

「オマエは、何者ダ」

「藤堂すばる。今先へ行った人の、娘よ」

「今、レディではないとイッタ」

「えぇ。言ったわ。それで? そのからくりを、あなたに説明する必要がある?」

 くすっ。
 そう、すばるは小さく笑った。
 それは、誰がどう聞いても、からかっているとしか聞こえない答えだ。そのすばるに、エターは眉をひそめる。

「……もう一度聞く。オマエは何者だ?」

「なんだ。ちゃんと日本語しゃべれるんじゃない」

 脅されようが何をされようが、答えるつもりはないらしい。
 いや、目の前のこの外人に凄まれたところで、痛くも痒くもない、ということか。

 それに、とすばるは言葉を繋ぐ。

「人に物を尋ねる時は、まず自分が名乗るのが、この国の礼儀よ。あなたのお国がどうかは知らないけれど。郷に入っては郷に従えということわざは、あなたたちの国にはない?」

 相手の出身地がどんな場所で、どんな道徳を教えられているのかは、すばるには興味がない。
 ただ、ここは日本だ。日本の礼儀を守らないものに、礼儀を尽くすつもりはない。そういうことだ。





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