肆の1




 安藤に誘導されて着いた場所は、二階の奥まった部屋だった。

 どうやら、仕事のための部屋であるらしい。
 広い部屋で、大きな執務机が置かれ、その上には書類が散乱し、床はカーペット敷きで、ソファと低い机が並べられている。
 角部屋らしく、正面と右手の壁には窓。
 手前の廊下側の壁には腰の高さほどの家具があり、残りの壁には執務机の椅子から背になる位置に大きな絵が飾られている。

 部屋の中には人がいない。が、直前まで人のいた気配はある。そもそも、葉巻の匂いが部屋に残されていた。

「……おい。人がいないじゃないか」

「ここからしか、伊藤のいる場所へは行けないんだっ」

 どう見ても人が逃げた後に見えるその部屋に、弘一郎が問いただせば、慌てたように安藤はそう取り繕った。

 そうは言っても、ここは二階の奥だ。外へ出るなら不向きのはずだし、この先へ行く扉も見当たらず、そもそもそんな抜け道を確保するだけの空間も、無さそうに見える。

 安藤は、腕を掴んで拘束する弘一郎を伴って、大きな執務机の後ろの壁にかかった、一枚の絵に近づいていく。

 その額をはずせば、そこはちょっとしたくぼみになっていて、なにやら怪しげな吊り輪が現れた。

 安藤が、その吊り輪を下に引く。

「おわっ!?」

 そんな、弘一郎らしくない驚いた声を残して、安藤と弘一郎の姿は床下へ消えてしまった。

 どうやら、吊り輪を引くことで、その下の床が開く仕組みになっているらしい。

 とにかく、弘一郎一人を行かせるわけにはいかないので、残された三人も、次々と真似をした。

 抜けた床の先は、らせん状にくるくると回る滑り台になっていた。下から、八十助が叫ぶ声が上ってきて、しんがりを務めたすばるは、くすくすと笑った。

 滑り台が着いたところは、どうやら地下道らしい。
 荒削りの壁が、向こうの方へ続いている。最初に降りた安藤が、備え付けのランプに火をつけた。

「どこへ行く?」

「黙ってついて来い」

 全員が揃ったのを見て、安藤はそう答え、歩き出そうとした。
 が、それを許す弘一郎ではない。掴んでいた腰縄を、ぐい、と引いた。

「答えろ」

「伊藤がいるところだよっ。地下を通らなきゃ、あの部屋には入れねぇんだっ」

 腰を強く引かれてたたらを踏んだ安藤が、喚いた。
 はじめからそう答えればいいんだ、と言って、弘一郎はその腰紐を放す。もちろん、そこから繋がった手綱は掴んだままで。

 一行は、再び安藤の先導で歩き出した。





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