参の6




「ひっ……!」

 上段に構えた格好のまま、安藤はそこに固まった。
 その喉元には、いつの間に抜いたのか、すばるの刀の切っ先が突きつけられていて、後一寸動いていれば命はなかった。

「だから、聞いたでしょ? 本気?って」

 どこまでいっても、あくまで冷静なすばるに、安藤はまったく動くことも出来ず、頷くことも出来ず、その場に固まっている。

 弘一郎と正己に守られる格好で、ずっと心配そうに事の成り行きを見守っていた八十助が、今度こそ驚いて声も出ないでいた。

 もちろん、八十助もすばるの正体は知っていたつもりだった。
 だが、弘一郎と比べて、どうしてもすばるの方が強いとは思えていなかった。
 が、こうしてその力を目の当たりにしては、信じるのどうのという話ではない。紛れもなく、すばるが上手だ。

 そもそも、まだまだ修行中の身である八十助には、すばるが柄に手をかける瞬間すら確認できなかったのだ。
 まさに、目にも留まらぬ速さで、女だと偽って疑われない細腕が、寸分違わぬ正確さでその切っ先を敵に突きつけている。

「あんた、俺の隊にいて、何を見てたわけ? ……あぁ、それとも、あれ? 近藤局長の恩顧で隊長に座ったお飾りだ、なんて噂を本気にしたクチ?」

 どうやら図星だったらしく、安藤は視線を逸らした。
 代わりに反応したのが、弘一郎だった。しかも、心底驚いた表情で。

「は? そんな噂があったのか、沖田」

「えぇ。伊東さんの取り巻きが流したデマですけどね」

「沖田ほどの腕を持つ剣客相手に、何とも勇気のある流言蜚語だな」

「時に、味方というものは、敵よりも己を知らなかったりするんですよ」

 ふふっと、すばるは余裕げに笑ってみせるが、当時を振り返れば、大変なことである。
 もし、そんな噂が倒幕派上層部に知られていれば、沖田総司を決壊口として、新選組自体が瓦解していたかもしれない。
 それだけ、沖田総司という人間は、大きな役割を担った人物なのだから。

 今更ながら、複雑な表情を見せる弘一郎に、すばるは実に楽しそうに笑っていた。
 その右腕に支えられた重そうな太刀は、片手で支えられたままピクリとも動かず、安藤の喉下を狙い続けている。

 ひとしきり笑って、ようやくすばるは、安藤に関心を戻す。

「安藤さん。あなたに与えられた選択肢は二つだよ。今このまま喉を掻き切って自害するか、命乞いして俺たちの道案内として役に立つか」

 どちらを選んでも、安藤に利点などないが。
 死を選ぶか、生き恥をさらすか。究極の選択、というヤツだ。

 選べ、と弘一郎にも迫られて、安藤は悩んだ。
 どちらを選ぶのが自分にとって得策か。計算を働かせているのだろう。
 その間にも、さすがの筋肉質も限界が来たか、上段に太刀を構えた両腕が、プルプルと震え始めている。

 やがて、安藤はゆっくりと太刀を降ろし、さらに、すばるが向けた切っ先からゆっくり後ろに後退すると、地に膝を着いた。

「……命だけは」

 その姿は、勝者の華奢な身体に比べてあまりにも筋肉が目立つ体つきをしているお陰で、余計に情けない。

 すばるに相変わらず剣で脅されながら、弘一郎に自らの刀を取り上げられ、両手を縛られ腰縄につながれるのに従順に従う。
 抵抗しようにも、すばるの、おそらくはまだ本気のホの字も出していない実力に、気力すらも萎えさせられるのだ。
 命が惜しいなら、従うしかない。

 弘一郎が腕をしっかり縛って引きずり起こし、ようやくすばるはその刀を鞘に収めた。

「伊藤惣瑞の居場所へ、案内してもらおう」

 指示されて、安藤は深く項垂れると、重い足取りで二階へ続く階段に足をかけた。





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