参の4




 先に動いたのは東郷の方だった。
 すばしっこい足裁きで、あっという間に弘一郎の懐に飛び込んでくる。
 弘一郎は横に飛んでその攻撃をかわした。
 一瞬前まで弘一郎がいた、残影だけ残るその場所を、東郷が振り下ろした太刀が叩き斬る。

 どうやら、二人の実力差はさほどないようだ。

 となれば、しばらく実践から離れていた弘一郎の方が不利なはずなのだが。

 太刀を振り下ろしながらも、逃げられたことはわかっていたらしく、目だけがその姿をはっきり捉えていた。
 その太刀を、横に振り払ってくる。

 が、弘一郎とて人斬りの異名をとった男だ。
 その場にずっと留まっているはずもなく。

 横に振られた太刀は、再び宙を斬った。
 その軌跡の上に弘一郎は飛び上がっていて、その太刀の切っ先が東郷の肩に突き込まれる。

 間一髪わずかにずれて避けて、二人の距離はまた、間合いのギリギリに開いた。

「……やるじゃねぇか、ジジイ」

「歳はお前とそうは変わらん。ジジイ呼ばわりは止めてもらおうか」

 変わらないどころか、下手をすると弘一郎の方が年下だ。それは、双方共にわかっていての言い合いだった。
 二人は太刀の代わりに舌戦をも繰り広げる。

 次に動いたのは弘一郎の方だ。
 叩き込んだ弘一郎の太刀を、東郷が同じく太刀で受け止める。

 双方の刃が、相手の刃の上を滑り、鍔と鍔がせめぎあう。文字通りの鍔迫り合い。

 そうして、均衡した力で互いに相手を押し合い、視線でもまた鍔迫り合いが起こる。

 いつまでもそうしていては埒が明かず、弘一郎は東郷の腹を蹴飛ばして、互いにまた間合いを取った。

 しばらく黙ってみていたすばるだったが、ふと、何かを納得したらしく、ぽんと手を打った。
 その行動に、隣にいた正己が、不思議そうに首を傾げてすばるの顔を覗き込む。

「どうしました?」

「いえ、なかなか決着が付かないんで、不思議に思ってたんですけどね」

 謎が解けたらしい。そんなニュアンスを醸し出して納得の理由を説明すると、正己も得心がいったらしく、にこりと笑って頷いた。

「あぁ。二人とも、流派が同じなんでしょうね」

「おや、坂本さんもお気づきでしたか」

 その正己の納得が当たりだったらしく、すばるは少し驚いたように肯定する。
 そんな二人の会話に、八十助にはわからないようで、首を突っ込んできた。

「どうして、そんなことがわかるんです?」

「動きがね、同じなんですよ。間合い、身のこなし、足運び、返す太刀の流し方」

「中でも、間合いが同じというのは、なかなかやりづらいところがあるんだよね。剣術ってのは、接近戦でしかありえないから、どうしてもその刃が届く場所まで近づくしかないでしょう?」

 間合いが同じということは、踏み込む位置も飛び退る位置も、相手に筒抜けであるということだ。
 下手に動くわけには行かないのである。余程の自信がない限り。

 だが、いつまでもそうしていては、つく決着も先延ばしになってしまう。

「じゃあ、決着、つくんですか? これ」

 説明を聞いて、なるほど、と納得したらしい八十助が、改めて不安に思ったのか、すばるに問いかける。
 が、すばるは軽く肩をすくめたのみだ。

「八十助。藤堂さんが京で呼ばれた二つ名を、知ってる?」

「……人斬り、ではなく?」

 問い返した八十助に、すばるは首を振る。そして、もう一人を見やる。

「坂本さんは?」

「いや。貴方の二つ名でしたら聞き及んでいますが」

 有名ですからねぇ、となにやらのんびり答えられ、すばるはそれについては苦笑を返した。
 それから、再び動き出した戦場の二人に視線を向ける。

 弘一郎の振り下ろした刃を東郷の太刀が弾き返し、東郷の振り払った刃を弘一郎は受け流す。

 こう見る限り、決着は勝利の女神の気分次第に見えるのだが。

「藤堂さんが人を殺すのは、実に15年ぶりになりますね」

 殺生の禁を自ら解く勇気が、弘一郎にあれば、との注釈は付くが。
 山県の依頼を受けた時点で、覚悟も付いていただろう。そう、願いたい。

 互いに睨みあい、刃と刃を弾きあって飛び退った位置から、弘一郎と東郷は同時に地を蹴った。

 東郷の身体は宙に舞い、弘一郎はその身をかがめて懐へ飛び込む。

「あの人の二つ名はね、『串刺し藤堂』っていうんですよ」

 すばるがその答えを口にしたのは、弘一郎の突き出した手に握られた太刀が、東郷のあばらと腰骨の間を突き抜けて背骨のすぐ横に飛び出した、ちょうどその瞬間だった。





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