参の3




 その建物は、白亜の異国情緒溢れる洋館だった。

 玄関口のポーチは、そこに馬車も停まれそうなほど大きく、ドアは重厚で、訪れるものを拒むように威風堂々としている。

 ドアに取りつけられた鉄の輪は、下部にそれを受ける台も張りつけられていて、どうやらこれで音を立てて、訪問を告げろということらしい。

「とはいえ、訪ねてきた理由が理由だからねぇ。必要かな?」

「不法侵入を訴えられるほど馬鹿馬鹿しいことはない。なおざりにでも、しておいた方が良かろう」

「だってさ。そういうわけで、八十助。頑張って」

「え。俺ですか?」

 まさかその役目を与えられるとは思っていなかった八十助が、問い返して自分を指差した。
 当然のように、弘一郎もすばるも頷く。

 それは、意外と大役である。
 むん、と気合を入れなおし、その取っ手に手を伸ばした。

 引き上げて叩き下ろせば、見た目に反した高い音程で、カンカンと辺りに響いた。

 待つこと10秒。

「反応、ありませんね」

「では、入ろう」

 もともと、格好だけでも体裁を保つためにした行為である。
 弘一郎の判断は実にあっさりしたものだ。

 そして、この屋敷のほうも、その侵入を拒むつもりがないのだろう。
 ノブを回して手前に引いた戸は、鍵もかけられていなかったようで、軽くその侵入路を開いた。

 目の前に現れたのは、広い玄関ホールだ。
 そして、正面に見える立派な階段の下に、小柄な男が一人、立っていた。

 見るからに、吹けば飛びそうな小柄な男である。すばるも女に扮装できる程度に小柄だが、比較してもさらに背丈が小さいことがわかる。骨と皮だけにも見えるほどに痩せていて、目だけが大きくぎょろりと侵入者をねめつける。

 その顔を見て、弘一郎は仲間に手のひらを向けて行動を制し、一歩前に進み出た。

「久しぶりだな、東郷泰然。まだ鬼医者に従っていたのか」

「そういうお前は、藤堂弘一郎。そうか、山県が差し向けたという切り札とやらは、お前だったか」

 一体、どの程度の情報がどんな経緯でここまで伝わってくるのか。
 東郷は面白そうに唇の端をゆがめ、弘一郎は眉間に皺を寄せた。

「……切り札、ねぇ」

「違うと言う気か? 人斬り藤堂」

「確かに依頼は受けたが、山県さんの切り札であるとは思えないがね」

 いつ聞いても耳障りな声だ、と弘一郎は率直な感想を思い、肩を落として首を振る。
 背後に控える三人は、無駄口を叩いているようにも聞こえる二人の間の緊張間を感じ取り、息を殺して見守った。

 やがて、東郷が先に、その腰に携えた刀を抜いた。一般的なサイズの太刀だが、彼の身長に比較すれば大きすぎるようにも見える。

「ここで、山県の思惑も潰えるわけだ。気の毒にな。けけっ」

「こんなところで足止めを食っている暇はない。通してもらうぞ」

 答えて、弘一郎もまた、その太刀を抜いた。正眼に構え、すり足で前に出る。

 一歩。

 二歩。

 先に地を蹴ったのはどちらだったか。

 キン、と高い音を立て、二人の位置は入れ替わる。

「へぇ。腕は落ちていないようだな」

「いやいや。寄る年波には勝てんよ」

 誉められておいて、弘一郎は苦笑と共に謙遜の言葉を述べる。

 交わされた太刀の間に火花が飛んだ。
 
 再び位置を入れ替えた二人の距離は、一歩として縮まらない。

 それは、双方共に、間合いのギリギリの距離。

 その距離のまま、二人は横に走り出した。

 広い玄関ホールを、走り抜け、向かって右の壁に至る。間合いはまったく縮まる気配を見せず、しばらく睨み合った後、今度は反対に、こちらに戻ってきて、さらに向こうへ走り抜けていった。

 当然、このままでは埒が明かないのだが。





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