参の2




 着いた。

 そうわかったのは、庭に待ち構える大量のからくり人形のおかげだった。見事な道標だ。

 からくり人形の群れの中から、顔つきの人形が出てきた。
 他のものは顔がなく、覗き窓がついているだけだが、その人形には顔がある。

 いや、人形ではなく、生身の大男だった。
 歩くたびに、ずしんずしんと地が揺れる。

「お前らか? 山県の切札は」

 そう言うときに口が動いたので、これは生身だと判断された。
 それまでは、人形だと疑わなかった一行である。やがて、ぽんと正己が手を打った。

「あれ、榊原道後ですよ」

 正己が指差したのが、その大男。正己が聞き覚えがあるといった名前だった。
 千葉道場で塾長をしていたときに、対抗試合相手の道場にいた男だという話だった。
 間違いでなければ、道場を壊したからくり人形の男が言った、四天王の一人だ。

「お前ら、ここから一歩も中には入れない。覚悟しろ」

 さっきからどうも一本調子の台詞が続く。
 すばるは軽く眉を潜め、正己の耳に口を寄せた。

「あれ、頭弱い人?」

「ええ。でも、剣の腕は立ちます」

 なかなかの強敵ですよ。
 そう言って正己は、珍しく本気な目で榊原を見据えた。

「藤堂さん。あれは俺に任せてもらえませんか。知らないよりは少しでも知っていたほうが有利だと思いますよ」

 こくりと弘一郎は頷く。
 そちらを正己に任せて、他のからくり人形たちは三人で片付けようということだ。実質は二人だろうが。
 二人とも八十助が一体にてこずっている間に十は軽く壊せてしまえる腕前だ。

 これだけのからくり人形に囲まれていながら、すばると弘一郎と正己は揃って隙だらけのまま、自分の刀を包んでいる袋を解きにかかる。
 榊原はそれをしばらく眺めていたが、やっとそれが隙なのだと気づき、攻撃命令を下した。一言、やってしまえ、という。

 誰がどう見ても多勢に無勢。からくり人形の使い手たちは、自分たちの勝利を確信していたから、それこそ体当たりに近い形で彼らに突進していく。

 だがその自信は、一瞬で覆された。

 まず三体。空中に放りあげられるように粉々に分解されて空を舞う。
 地表には、それぞれ良く斬れそうな刀を持った三人の剣客が、今それを斬りましたという形でいた。
 三人に守られているような格好の八十助が、木刀を構えて突っ立っている。

「手加減、した方がいいですか?」

「適当にあしらっとけ。あの人形、身体が切れれば動けないから」

「了解」

 八十助は思いっきりいけよ、と師範に言われて、それが自分と彼らとの差であることを実感してしまった。
 八十助の場合、得物が木刀というのもあるが、おそらく手加減などしようものなら、自分が返り討ちにされてしまう。

 少しうなだれてしまった八十助の肩を叩いて、正己はその耳に口を寄せた。

「俺の代わりに、頑張ってくださいね」

「え? は、はいっ!」

 勇気づけてもらえた。それがうれしくて、八十助の身体から元気がみなぎってきた。
 正己は手に持った刀を肩に担いで、榊原を見据える。

「行ってきます」

 言って、正己は足を踏みだした。
 一瞬遅れて、すばると弘一郎も足を踏みだす。
 八十助も、木刀を構えてからくり人形を見据えた。他の三人ほど器用じゃないのだ。どれか一つに当たりを付けたほうが、効率がいい。これも弘一郎の助言だが。

 正己が駆け出したのが合図だった。
 からくり人形が、まるで津波のように押し寄せてくる。
 正己はその人形たちの足の下をくぐり抜けるように走り抜けた。途中あった邪魔な足を切り落としながら。
 人形の波を抜けると、そこに榊原道後がいた。正己の背丈と同じくらいの長さの太い剣を持って。

「榊原道後。お相手いたす」

「お前、どうして俺の名を……」

「問答無用。覚悟」

 やっと掛け声をかけ、正己の刀が空を切った。
 この巨体で、なかなかすばしっこい。だが、それも正己の記憶の中にある。
 あれから十五年経っているから、さらに強くなっていることは請け合えるが、それにしても、弱点はそう簡単には克服できないはず。

 右に引いた刀を逆袈裟に突き上げる。
 正己の背丈からでは、腰の当たりまでしか届かない。飛び上がっても高さはたかが知れて、せいぜい榊原の肩当たりに頭が届く程度。
 つまり、殺すためには必要な内蔵の責めは不可能ということになる。やりたければ、転ばすしかない。

 一歩下がれば簡単に避けられるのも、巨体の長所であり、攻めにくいところ。
 斬り結ぶほど馬鹿なことはなく、攻めては離れ、攻めては離れの繰り返しで、太刀を浴びせること六回。まったく榊原に刃が届かない。
 相手が大きい分動作が大きくなる正己は、もうすでに肩で息をしていた。疲れが見えはじめている。

 他愛もない相手だ。榊原はつまらなそうに舌打ちした。
 だらりと垂れ下っていた腕を持ち上げる。それに伴って、剣を右上段に構えた。
 そのまま振りおろせば、それこそ一刀両断の運びとなる。

「お前、つまらない」

 この巨体に似合わない素早い動作で、左足を踏み込み、剣を下ろす。
 ところが。

(やっとかかった)

 剣は空を切った。正己はさらに間合いをつめて懐に飛び込んでいる。
 何、と思う間もなく、榊原は曲げた腹を突かれた痛みを覚え、そのままふっ飛ばされた。
 正己が視界から消えてから、何が起こったのか、榊原には理解できない。
 鋼仕込みの鞘を、正己は左手で突き上げていた。

 だいたい、こんな巨体を相手にした時点で、急所を突くというのはとんでもなく大変なことなのである。
 人間の急所というものは、ほとんどが胴体に集中している。
 正己が普通に刀を振るったところで、届く急所はせいぜいスネと男根くらいのもの。決定的な一打を与えるには足りない。

 そこで正己は一計を案じた。
 相手に屈んでもらえば、おのずと身体が自分に近くなる。そこで突き上げれば良いというわけだ。
 しかし、屈んでもらうのも知恵が必要で、正己が考えた案というのが、相手に自分を見縊らせて、袈裟掛けにしてもらおうということだった。

 榊原にとって、正己はどう見てもチビである。
 巨体の弱点はここで、どんな攻撃をするにも、自分の膝あたりを目掛けて剣を走らせなければならず、どうしても屈むしかないのである。

 からくり人形を一体犠牲にして倒れた榊原の胸に剣を振り下ろす。
 ばきっと肋骨が折れた音がした。峰を返したおかげで、傷は一つもない。
 人殺しはするつもりのない正己である。こんな巨体に対してもしかりだ。

「悪いけど、足の骨を折らせてもらうよ」

 せっかく倒しても、後でまた再戦となっては無駄骨というもの。
 追ってこられないように、追ってきても戦えないようにしておかなければならない。

 再び刀を振り下ろす。ぐおおっとの悲鳴が、辺りに響いた。

 だいたい、すばるや弘一郎に比べたら、正己の剣の腕など大したことはない。
 正己が自分の手で殺した人の数など、片手で数えられる。
 確かに千葉道場では塾長を努めていたが、それが実践において役に立ったかというと、首を捻るところだった。

 正己が彼らと肩を並べるためには、彼ら以上に頭を使わなければならない。
 実は刀よりも役に立った鞘に刃を戻して、正己は軽く溜息をついた。
 立場的には、八十助とあまりかわらない。足を引っ張らないようにしなければと、肝に銘じる正己であった。

 一方。
 からくり人形を相手にしたすばると弘一郎は、八十助の思わぬ成長ぶりを見ることになった。

 よく考えれば、思わぬということもない、着実に手に入れた修業の結果ではある。

 つまり、これまでの二日間の経験の中で、肝が座ったのだ。
 はじめてからくり人形と対峙した時のような、浮き足立った気持ちがどこにもない。
 他の三人の足を引っ張らないようにと、腹を括ったからこそ、本来の力が出てきたのである。

 すべて片付ける間に三体でも倒していれば上出来かと弘一郎は思っていたが、今のところ、すでに五体は倒している。想像以上の戦力だ。

「八十助! 後ろっ」

 すばるの叫び声が遠くから聞こえてくる。
 そのまわりには、からくり人形が山と積まれていた。文字通り、山に。
 叫びながらも背後のからくり人形の腕を切り落としている。

 たぶん、この四人の中でいちばん強いのが、すばるだ。
 倒幕軍が戦った相手の量と新選組が戦った相手の量では、ケタが違うのだ。
 弘一郎が刀を振るったのは自分と数人の仲間を守るためだけだったが、すばるは、いや沖田総司は、その前から京都の治安維持に努めていて、なおかつ戊辰戦争の火蓋を切った鳥羽や伏見の戦でも戦っていた。

 京都にいた頃、直接対決して沖田総司の目の前から逃げ出したことがある弘一郎である。すばるに勝てるなど、夢にも思ってはいない。
 今仲間としていることが、弘一郎にとっては一番の心の支えになっているのだ。

 八十助の得物は、さっきから何度も言うように木刀である。
 それでどうやってからくり人形を倒すかというと、実は、一昨日の夜と同じ方法を取っていた。
 間接に木刀をねじ込んで、間接部分を壊してしまうのである。

 それは、からくり人形の仕組みがわかっていたからできたことだった。
 間接部分には、軸となる木材の継目と何本かの紐が通してあり、それが剥出しにならないように、厚めの紙を張って隠してあるだけである。
 さすがにこの巨体を支えるだけあって、木材の方は下手をすれば木刀を叩き割ってしまうほど丈夫なものであったが、足を動かすために張ってあるらしいその紐までは頑丈でなく、突き刺した木刀を横に引いて紐を切ってしまえば、その足はそれ以上動かせない。
 そして、紐を切った上で蹴っ飛ばすなり張り倒すなりして倒せば、もう身動きはできないというわけだ。

 これを作りだした人間の頭脳には頭が下がるが、解明してしまえば壊すのは一瞬だった。

 うりゃっと掛け声をかけて蹴っ飛ばした八十助は、それが最後の一体であったことを知った。
 他の三人は、腰に差した鞘に刀を戻している。

 弘一郎はパンパンと手を払う。
 正己はさすがに巨体を突き飛ばしたのが効いたのか、左腕をさすっていた。
 すばるは乱れた髪を直そうと結ってあった髪をおろしている。とても男には見えない、色っぽい乱れ髪だ。

「おう、終わったか」

「……手伝ってくださったら良かったのに」

「これも修業のうちだぞ、八十助。では、行こう」

 弘一郎はさっさと話を切り上げて、屋敷の方へ踵を返す。

 相手にしてもらえなかった八十助は、自分の実力がその程度なのはどう考えても事実なのでそれ以上文句を言えるはずもなく、おとなしく後に続く。
 その八十助の背をすばるは元気づけるように叩き、正己は八十助のざんばら髪をくしゃくしゃと撫でてやった。





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