弐の7




 というわけだ、と弘一郎が締める。
 正己は小さく溜息をつき、八十助は痒くもない頭の後ろを引っ掻いた。

 結局、何もわかっていないのだ。どうしようもないとはこのことである。

 ただ一人、すばるだけは違った意味で少々ショックを受けていた。
 というのも。

「つまり、藤堂さんは俺のことを信用してくれなかったわけですか」

「いや。沖田の心境を考えると、とても政府の身勝手な頼みは引き受けないだろうと思ってな。土方の仇だぞ? それを忘れて、国のためとかいって戦えるか?」

「歳さんの仇は藤堂さんでしょ。俺は、仇を取ろうとか、恨みを晴らそうとか、そういうことは考えたこともないんですよ。時代の流れに逆らったのは新選組の方で、俺はその中にいた一隊士でしかない。そりゃあ、最初は自分が正しいと思ってましたけどね。伏見で戦っていた頃には、このまま死んで終わるとわかっていましたし。もう、王政復古の令が下った後でしたもの」

 他はともかく、新選組の隊士は納得して死んでいったんです。そう言って、すばるは悲しそうに笑った。

 やめれば良かったのだ。そんなことは、わかっていたのだから。
 それでもやめることができなかったのは、初志貫徹という信念と幕府への植え付けられた忠誠心のせい。
 そして、仲間であり、大勢が決定したときも幕府再興を信じていた人々の夢を、守ってやるため。
 自分たちの大義名分を守るため。武士として、命に代えても守らなければならないことだったからだ。

 多摩の田舎武士という負い目があったから、なおさら。

「俺の今の家族は、藤堂さんや八十助です。あなたたちを守るためなら、命を張りますよ。当然でしょう?」

 だから、信用しなさいって、とすばるはにっこり微笑んでみせた。
 すばるのその目は、時折菩薩の慈悲の目にも見えてくるから不思議だ。

「だいたい、国のため、なんて考えてるんですか、維新志士って。自分の自己満足のためだと思ってました。国のために維新を起こしたのなら、今こんなあたふたしているのはおかしいでしょ? それとも、尊皇攘夷とか最初に言いだした人たちが、ほとんど死んでしまったから? 血に酔ってたってのも、ありますよね」

 間違ってるとは言いませんけど、向こう見ずですよねぇ、とすばるはしみじみとそう言う。

 維新派だった二人は、その言葉が耳に痛いらしく、顔を見合わせて困ったように笑い合った。

 ちゃんと未来を見据えて戦っていたなら、維新志士様なんて煽てられてもその気になっていなかったなら、今この事態も招いていなかったかもしれないのだ。
 ぐさぐさと胸を突く言葉だった。元幕府方の人間に言われるから、なおさらに。

「せめて坂本さんが生きていたらねぇ。ちょっとは変わってたんだろうけど。坂本さんってば、人の心を動かす力を持ってるから」

「沖田君。あんまり厳しい指摘をしないでくれませんか。耳が痛いよ」

「え? 正己さんのせいだなんて一言も言ってないでしょ?」

 言って、くすくすと笑う。かなわないなぁ、と正己は首の後ろに手をやった。

 ところで、この会話を聞いている男が四人いる。

 西洋風の軍服を着て、堂々と拝刀している男たちだ。警察官である。しかも、山県の息のかかった。

 というのも、この汽車の運賃が彼らから出ているのである。
 彼らの任務は、無事に四人を横浜まで送り届けること。そして、終始見ざる言わざる聞かざるに撤することである。
 山県はこの顔触れから、言論の自由を制限しては全員監獄行きになってしまうと悟ったのだろう。正しい所見である。

 見ざる言わざる聞かざるを命じられているとはいえ、これだけはっきりと、それも背中合わせの位置にいてしゃべられては、聞かざるもなにも聞こえてきてしまう。
 彼らの話を聞いていて、四人の男たちは顔を見合わせた。

 護衛を言い付かったその相手の正体は、知らされていなかったのだ。
 彼らが剣の達人たちであるとは聞かされていたので、横浜まで見送るだけで良いといわれていたが、見送りもかなり大変だ。自分の口の固さを試される気分だった。

 何しろ、死んだはずの沖田総司と坂本竜馬が、若いまま生きているのである。
 誰にも話さず自分の胸にしまっておくには、あまりにも衝撃的な事実であった。

「そりゃ、確かに剣の達人だろうよ」

「千葉道場の元塾長に……」

「新選組一番隊組長だもんなあ」

「し。他人に聞かれたらどうする」

 たしなめながらも、班長という肩書きを持つ彼も自信なさげだ。
 これは大変な職を任されてしまった。特別給与を出すといわれた意味が、しみじみと理解できたのである。

 車掌が、次の停車駅を告げて歩く。
 もうすぐ、横浜だ。
 田圃が広がるその向こうに、ちらりちらりと青い海が見えていた。





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