ケン坊と一緒 1



 俺が、自分の性癖に気づいたのは、小学五年生の頃だった。

 我ながら、早熟だと思うよ。愛だの恋だのに現を抜かす小学生って、あまりいない。

 初恋の相手は、当時大学生。いわゆる教育実習でやってきた、先生だった。

 これがねぇ、特にカッコイイと言えるわけでもない、普通の大学生だったんだよね。多分、隣のお兄さんの方がイケメンだったと思う。当時もそんな自覚はあったし、今振り返ってもそうだ。

 もちろん、その恋は淡い恋心のまま終わってしまったけれど。もう、名前も覚えていない。

 女の子に対しては、一度も心が揺れたことがない。男相手ならけっこう頻繁。

 自覚したのは小学生で、納得したのは中学生で、諦めたのは高校生だった。

 今まで一度も、告白とかっていうのはしたことがない。だって、怖いじゃない? せっかく友だちなのに、「ホモ」って自分でバラしてハブにされたら、って思えば、誰だって怖いだろう?

 高校生の頃、文芸部に入ってね。そこで知り合った女の子、これは今でも向こうが東京に出てきたりするとつるんで出かけるくらいには仲が良くて、多分親友と呼べる人だけど、彼女に教えられて勧められたのが、今では職業となっているその分野。

 ボーイズラブというらしい。俺がハメられた当時は、耽美系とかやおいとか言われてたけどね。

 そう、つまり、男同士の性愛を描く恋愛ものの世界だった。

 マンガは見る専門だけど、もともと文才のあった俺は、友だちの同人誌に寄稿させてもらったりする程度には小説を書いていて、ちょっと書いてみた長編を出版社に送ったら新人賞をもらってしまって。

 そして、今に至っているわけだ。

 このごろは、ボーイズラブだけではなくて、中高生向け冒険小説とかも書いている。恋愛話が出てこないファンタジーってやつ。

 俺の名前は古島恩。ペンネームはこじまめぐみという。うん、そう。名前をひらがなに直しただけだ。

 仕事も順調に軌道に乗った頃。俺はまだ新築の分譲マンションを購入し、引越しをした。大学から東京に出てきてそれまでは狭いアパートに暮らしていたのだけれど、仕事上の収入と親の会社の株の配当金と時々入る同時通訳バイトの仕事で、意外と収入が良いんだ。

 マンションへ引っ越すと同じ頃、俺は一匹の犬を飼いはじめた。買出しついでに近所の商店街に散歩に出た俺の目の前で、すてーん、とすっころんだ女性が、マナーの悪い飼い主の被害にあったペットを保護するシェルターでボランティアをしていたのがきっかけだった。

 後でケン坊に不思議そうに聞かれたけどね。ほのかさんと何故恋愛関係に発展しなかったのか、って。確かに美人だし、いい子だし、その疑問もわかる。けど、俺は女の子に興味ないからねぇ。苦笑するしかなかったよ、ホント。

 ケン坊、っていうのは、彼女に勧められて行ったシェルターで見つけた、俺の愛犬の名前だ。前足が一本なくて、立っていたり座っていたりすると安定性が悪いから常に伏せているけれど、意外と行動的で躾がしっかり出来ている頭のいい豆柴犬。

 この子に決めた理由は、とても単純だ。なにしろ、俺と意思の疎通が出来る。これは実にありがたいことだ。仕事に詰まれば喋れるし、彼が俺にして欲しいことは言葉にして聞けるから、なんだろう?と想像を働かせる手間がいらない。今ではなくてはならない同居人だったりする。




 それはある土曜日の事。

 俺は曜日のない仕事をしているから土日祝日も仕事をしていて、ケン坊はいつも、俺が仕事中のときは一人で遊んでいる。最近はテレビがお気に入りであるらしく、ケン坊用のスロープを登ってソファに寝転び、テレビを見ていたらしい。それも、NHK教育テレビ。

 しばらくテレビの音声が聞こえていたのをBGMに仕事を続けていたら、チャッと小さな音がして仕事部屋兼寝室の扉が開いた。ケン坊が勝手に開け閉めできるように、ケン坊の目線の高さに紐をぶら下げてあって、それを口で引っ張るだけで扉は開くように出来ているんだ。仕事に熱中するとすべてを忘れてしまうから、ケン坊にはお腹がすいたらおねだりするように言い聞かせてある。そのためには、仕事場に入ってこなくちゃいけないからね。

 仕事場はそのまま寝室になっていて、ケン坊のベッドになっているビーズクッションもそこに置いてある。

 どうやら昼寝をしに来たらしい、と放っておいたら、ケン坊はひょこひょことバランスの悪い歩き方をしながら俺の足元にやってきてうずくまった。

 で、何かと思ったら、テレビで『吾輩は猫である』の読み聞かせをやっていたらしい。

『大体、何でまた、あんな気まぐれ極まりない猫を主人公にするんだ。納得がいかないよ』

 まったく憤慨やるかたない感じで怒っているケン坊に、俺は遠慮なく笑ってしまったよ。犬猿の仲、ということわざがあるけれど、現代の身近な生き物で例えるなら犬猫の仲と言い換えられるくらいに、犬と猫は仲が悪い。ケン坊も、これだけ賢い頭をもってしても、猫に対する嫌悪感は拭えないらしい。面白いものだと思う。

「気まぐれだから、話になるんだよ。犬だと、そうだね……忠犬ハチ公とかが代表かな?」

 がくっと肩を落としてしまったケン坊は、どうやら俺の台詞の後半は聞き流したらしい。悲しそうに甘えて俺の足に擦り寄るから、俺はその小さな身体を抱き上げて、膝の上に載せた。さすが生き物、ひざ掛けより暖かい。

「ちょっと待ってろよ、ケン坊。この行終わったら、散歩に行こう」

『ホント?』

「本当。だから、少しだけ大人しくしてて」

『はーい』

 不安定な膝の上にだらんと伸びて、元気のいいお返事を返したケン坊は、しばらくして寝息を立て始めた。ちょうど仕事の調子がのってきたところだった俺は、これ幸いと仕事を先へ進めていく。

 気がついたら一時間が経っていた。気がついたら一時間後ってどうよ、と自分に突っ込みを入れてしまう。

「ケン坊? ケーン坊っ? お仕事終わったよ。……うーん。こりゃ、熟睡してるな。ごめんな、いつも待たせて。飯食ったら、今度こそ散歩に行こうな」

 時間がないときはドッグフードだけれど、俺も一緒に食事できるときは、ケン坊用と自分用のご飯を作る俺は、目は覚めたけれどまだ寝ぼけているケン坊を腕に抱き上げ、リビングのソファに下ろすと、二人分の昼食を作るべく台所に立った。

 ちなみにもう、三時になる。ホント、食事時間が乱れてるよな。ケン坊には悪いと思ってるんだ。一応ね。





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