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 あれから、三ヵ月。

 大居さんの下の名前は、岳志さんっていうんだって。大居さん、っていうと他人行儀だから、岳志さんって呼んでね、って言われた。

 岳志さんは土日以外の日はいつも忙しいらしくて、お隣からは相変わらず物音がまったくしないのだけれど、夜中までお仕事をしているご主人さまの言うには、日付の変わる前には帰ってきて、朝日とともに出かけていくんだって。

 お仕事って、大変なんだぁ、ってちょっとびっくりした。

 その点、うちのご主人さまは一日中うちにいて、たまにお出かけするのも午後からばっかりだし、気が乗らない、ってお仕事しない日とかあるし。ボクみたいに、結構気まま。

 その代わり、ご主人さまは土日でも忙しいけど、岳志さんは土日はのんびりできるんだって。でね、最近は土日になると岳志さんがおうちに遊びに来て、ボクの遊び相手になってくれるんだ。

 そうそう。こないだね、岳志さんに新しいおもちゃを買ってもらったんだよ。ちっちゃいゴムボールと、骨の形のクッション。これなら噛んでも怒られない。一人遊びに飽きてたところだったから、すごく嬉しいプレゼントだった。

 今日は土日の土の日で、岳志さんは遅くまでうちにいて、ボクと遊んでくれたんだ。そのうちボクが一人遊びを始めると、ちょうどご主人さまがお部屋から出てきた。お仕事、一段落したみたい。

「ケン坊、ごめんねぇ。今日お散歩行けなくて」

(ぜ〜んぜん平気だよ〜。岳志さんにいっぱい遊んでもらった〜)

「そ? 良かったね」

 え? え? あれれ?

 ご主人さま、良いの? 岳志さんの前でボクとお話して。

「……え?」

 案の定、ボクのそばに膝をついたままで部屋を出てきたご主人さまを振り返った岳志さんは、すごくびっくりした顔をして、そう聞き返していた。

 一ヵ月、ボクとご主人さまは、岳志さんの前ではお話をしないようにしてたんだ。だって、岳志さんにはボクの声は聞こえないからね。ご主人さまが電波な人になっちゃう。

 聞き返されて、ご主人さまも気付いたみたい。あ、って口を開けたまま、固まっちゃった。

「え、えっと、え、あ、あの、えっと……」

 落ち着いて、ご主人さま。めちゃくちゃあたふたしてるよ。大丈夫かなぁ?

 しばらくバタバタと両手を動かして言い訳を探していたご主人さま、結局言い訳を諦めたみたい。はぁって大きなため息を一つついて、大人しく伏せてたボクを抱き上げた。

「ケン坊がね、岳志さんにいっぱい遊んでもらって楽しかった、って」

「言ってるように見えた?」

「実際言ってた。ね、ケン坊?」

 うん、って頷い……ても、岳志さんにはわからないから、ワンって小さく鳴き声を一つ。

 といっても、そもそもペットなんて、ご主人さまに話しかけられたら、意味がわからなくたって反応するものだから、思いっきり怪しまれたけど。

「本気で言ってるのか?」

「本気だよ。まぁ、信じてもらえるとは思えないし、だと思ってたから今まで隠してたけど」

 普段だったら、ソファの岳志さんの隣に腰を下ろすご主人さまは、今日は遠慮して、ダイニングの椅子に腰掛けた。ひざの上にボクをおろすから、ボクはそこで丸くなってじっとする。

 いくら主人に忠実な忠犬でも、さすがに言葉で説明されただけじゃわからないだろう、っていうような命令にもボクは従順に従うし、その姿を岳志さんも見てるから、多分よっぽどしつけられてるんだろうと思ってたんだとは思うけど、考えてみれば思い当たったみたいで、今度はボクが、岳志さんにまじまじと見つめられてしまった。

 そんなに見つめると、照れちゃうんだけど。って呟いて、前足で顔を隠す。聞こえたご主人さまが、くすって笑った。

「あんまり見つめると照れちゃうよ、ってさ」

「ホントに、そう言ってるのか?」

「うん。……その目は信じてないね?」

 ホント、疑わしげな視線だ。ボクでもわかるよ、信じてないね?って。

 きょろきょろ、と周りを見回したご主人さま。最近ボクに教え込もうとしているトランプを手に取った。

 何を教えようとしてるかって言うと、トランプに書かれてる数字の数だけ鳴いて答える、っていう芸。でもね、トランプの数字ってちょっと数が多くて疲れちゃうから、そろそろ飽きてきたんだけど。

「実験してみる? ケン坊にトランプを見せて、目隠しをした俺がそれを答えられれば、証明になるんじゃないかな? さすがに俺にも超能力はないし」

 ふむふむ。それは良い案だ。ボク的には採用。

 思って岳志さんを見上げたら、彼も納得したらしい。トランプとボクを持ち上げて、ソファへ戻っていく。手渡したご主人さまはダイニングテーブルに顔を伏せた。

「はい、ケン坊。これを恩に教えて」

 言われて見せられたのは。
 
(ハートの7だよ。ご主人さま)

「ハートの7」

「じゃあ、これは?」

 次に見せられたのは……え〜? 絵が描いてあるのは、わかんないよぉ。

(ご主人さま〜。絵が描いてあるよ〜)

「柄は?」

(スペードぉ。おじさんが二人逆さまに描いてあるの〜)

「スペードの、ジャックかキング。ケン坊には、見分けがつかないんだ、まだ」

 あ〜、なるほど。それでオッケーなんだ。岳志さん、ふぅん、って答えてそのカードを引っ込めてくれた。

「じゃ、コレは?」

 って、じゃ、って言いながら、何も見せてくれないし。もしかして、イジワル?

(何も見せてくれないよ〜)

「岳志さん。ケン坊が、何も見せてくれない、って拗ねてる」

 今度こそ、びっくりしたみたい。

 あ、そっか。ご主人さまが「超能力」なんて言ったから、確かめてみたんだ。なるほど〜。

「本当なんだ……」

「納得した?」

「せざるを得ないだろうな、これは」

 おや。実に不本意だ、って顔に書いてあるね。確かに、でも、普通は驚くし、信じられなくて当たり前。っていうか、ご主人さまが順応早過ぎなんだよ。

 その、憮然、っていう表情に、ご主人さまはけらけらと笑ってるんだけど。ホント、人が悪い。

「一つ、聞いても良いかな?」

「どうぞ?」

「ケン坊、俺のこと、何て言ってる?」

 ん? ボク?

 岳志さんに見下ろされて、ボクは真正面から見返して、首を傾げた。ご主人さまを振り返れば、ご主人さまはにこにこと笑ってて。

「ケン坊、岳志さんのこと、好きだよね?」

(大好きだよ。ご主人さまの次に好き。一緒に遊んでくれるもん)

「一緒に遊んでくれるから、俺の次に好きだってさ」

「わお、ホント? ありがとう、ケン坊〜」

 急に抱き上げられてぎゅ〜って抱きしめられた。すりすりって頭に頬ずりされるそれは、人間の愛情表現だから、それはすごく嬉しいけど。

 あ〜、びっくりした。





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