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 私の名前は富田真知子。で、あだ名がマァコ。

 彼の名前は古島恩。あだ名はコジコジだったんだけれど、さすがにこの歳でコジコジはないか。

 と思って、車の中で試しに「メグ」って呼んでみたら、危うく事故られる所だった。そんなに嫌がるということは、メグで決定かな?

 彼の住んでいるマンションは、築三年の比較的新しい電子ロックの都市型マンション。都会人だなぁ、と思うのはこんな時だ。

 併設の駐車場に車を停めて、私は荷台に置かせてもらった荷物を降ろし、メグは飼い犬を抱き上げた。

 小さいとはいえ、チワワに比べれば十分大きい、両腕でようやく抱えるくらいの大きさの犬なんだけれど、そのサイズなら歩かせないかなぁ、と思ってたら、視線に気づいたらしい。

「こいつね、足が一本足りないんだよ。事故でやられちゃったらしくてね。ねぇ、ケン坊」

「あら、それは可哀想に。じゃあ、その向日葵は私が持ってあげるわ」

 向日葵まで手がまわりそうに無かったからね。キャリーケースを引いて、その上にボストンバッグを載せて引きずって、ってすれば片手は空くのよ。

 困ったときはお互い様。宿を貸してもらう分の労働はしますとも。

 で、子猫ちゃんはどこに行ったのかな?と思ってみていたら、抱き上げられたワンちゃんの背中にちゃっかり乗っかっていた。あれは、そこが定位置なんだろうね。自然な感じ。

 それにしても、仲が良いのね。ワンちゃんが、猫ちゃんに背中に乗られて怒らないんだから、相当だわ。

 このマンションに来るのは、実はまだ二回目。その前は、私も彼も大学生で、もっと都心に近い代わりにおんぼろのアパートに住んでいた。その頃から、すでに収入源は今と変わらなかったから、もっと良いところに住めば良いのに、って言ってたのよ。

 それでも、まさかこんなにランクアップするとは思わなかったわね。このためにおんぼろアパートで我慢してお金貯めてたのかしら、って思ったわ。

「で? 最近、仕事の方はどうだよ。順調?」

 下の玄関前で暗証番号を押しながら、彼は私に話しかけてきた。いつもそうしているらしくて、その時だけ、ペットは片手で抱いていた。彼の肩越しに、ワンちゃん猫ちゃんがそろって私を見ていた。そのつぶらな瞳がキュートだわ。

「さすがに一年半勤めれば慣れるわね。所詮事務職だもの」

「なんで通訳辞めたんだよ。もったいないな」

「ロシア語の通訳なんて、あっちじゃ需要はあまりないわよ。みんな、必要に駆られて喋れるようになっちゃうもの」

「こっちに出てくれば? 俺に声かかるくらい、人手不足だぞ」

「もしかして、今日の用事って、仕事?」

「そう」

 喋っている間に、エレベーターは彼の部屋がある階に到着。一度は来たことがあるから、部屋の場所は知ってる。そこまで、彼の後ろをついていった。

 下の玄関は自分で開けたのに。

「ケン坊。チャイム押してくれる?」

 両手でペットを抱いたまま、身体を少し傾けて、ワンちゃんの鼻先をチャイムに近づけた。彼の言葉を理解したらしく、ワンちゃんはそのしっとり濡れた鼻先でチャイムのボタンを押す。

 部屋の中から、ちょっぴり間延びした音が聞こえた。

 っていうか、ちょっと待って。それ、賢いとか、そういうレベル?

 びっくりしている間に、向こうから扉が開かれた。

 そこにいたのは、あまりぱっとした印象も無い、普通のサラリーマンっぽい人だった。にこりと笑いかける表情が、良い人らしい印象を与える程度。

 そういや、メグの好みって、こんな顔立ちだったっけ。まったく面食いじゃないのよね。

「おかえり」

「ただいま。マァコ、先入って」

 さすがに単身者向けのマンションは玄関が広くなくて。扉を開けてくれた人は全開にした扉をメグに預けて、先に中に入っていった。お邪魔しま〜すと声を掛けつつ、まず向日葵を置いて、カバンを中に入れて、靴を脱ぐ。

 後からメグも入ってきて、カチャンと鍵の締まる音がした。

 私の足元を、二匹の小動物が駆け抜けていく。片方はちまちまの小さい身体を転がすように、片方はバランスの悪そうな三本足を器用に動かして。

「こら、ケン坊、ミー。お客さんの足元すり抜けたら危ないだろ」

 私の手元から向日葵の花束を引き取りながら、メグが叱る声を上げる。っていうか、犬と猫相手にそんな叱り方じゃわからないと思うんだけど。

 廊下を少し行って、ガラス張りの開けっ放しの扉をくぐると、広いリビングダイニングに出る。クーラーは回っているけれど、まだ室内温度は高くて、つけたばかりなんだろうと思った。テレビの方を向いているソファの上には、ケン坊と呼ばれていたワンちゃんが寝そべっていて、テレビで放送されているのは報道番組だ。

「今日は早かったんだね」

 そんな風に突然メグが言うので振り返ると、それはどうやら、彼氏に話しかけたものだったらしい。二人ともキッチンに入っている。

「世間は盆休みだから、残業も無いんだよ」

「日直のときは遅いくせに」

「俺が意図してるわけじゃないって」

 あぁ、やだやだ。ラブラブなんだから。あてられちゃうわ。

 それにしても、世間はお盆休みだというのに、仕事だったんだね、彼氏。忙しいのか、そういう会社なのか。

「マァコ。ご飯、出前とろうかって言ってるんだけど、どうする?」

 じっくり二人を観察していたら、いつのまにかそんな話をしていたらしい。急にこっちを振り返って、そう言われた。っていうか、急に振り返るから、びっくりしたけど。

「お任せします」

「よし。マァコ、辛いの大丈夫だったよな。中華で良い?」

「うん」

 宿主に全部お任せなので、私に拒否権は無い。私の了解をもらって、メグは嬉々として電話に向かう。台所に向かって何かをしている彼氏さんは、くっくっと肩で笑っていた。





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