親友宅にて 1
東京に出てくる用事なんて、私にはこれしかない。
夏コミ。
晴海時代から来ている私は多分だいぶ古株だ。
昔はお客さん一方だったけれど、今は固定客もつく出店側。去年は社会人一年目で忙しくて見事に落としたけれど、今年はスペースも取れたし休みも確保したし、準備万端だった。
地元は遠く、北海道。飛行機でひとっ飛び、というと簡単に見えるけれど、結構大変なんだ。何しろ北海道といえば観光地でしょう? 観光客とは逆方向だけれど、飛行機の座席は取りづらいし空港はとんでもなく混むし、この時期は勘弁して欲しいのよ、本当に。
おかげで、私の親友は、東京に出てきたっきり、帰って来やしない。盆も正月もゴールデンウィークも、人ごみが嫌いだからパス、だってさ。
その代わり、夏は私の宿になってくれるんだけれどね。
電話で聞いた話だと、一昨年くらいから犬を飼い始めたらしい。去年できた恋人と同棲中で、春には猫も飼い始めた、だそうだ。大所帯で結構だけれど、私の行く場所はある?って聞いたら、大歓迎、だってさ。
ちなみに友人の家は1LDKのマンションだから、やっぱりお邪魔できるスペースはない気がするのだけれど。
まぁ、私なんて別に、ソファで良いんだけどねぇ。
彼が――あ、親友って男なんだけど――住んでいる町は、羽田から電車を乗り継いで二時間近くかかる、東京の郊外。郊外と言っても、羽田の方に行きづらいだけで新宿までなら約一時間だそうだから、東京みたいな大都会では便の良いほうだと思うの。
その駅に、彼は迎えに来てくれた。携帯で「今ついたよ」って連絡したら、改札前で待ってて、だって。
向こうから歩いてくる姿は、高校生の頃からあまり変わらない可愛らしい感じで、ちょっぴり憎たらしい。
手には向日葵の花束が抱えられていた。
「お待たせ。ちょうど外に出る用事があったからね、時間を合わせてみたんだ」
さぁ行こう、と促して、私が引きずっていたキャリーケースを持ってくれる。こういう細やかなところは、紳士として合格なんだけど。
恋人には発展しない相手なのよね。まかり間違っても、ありえない。だから、親友。
同性愛者なのよ、彼。もったいないわよね。
前に来たときと変わっていない小型国産車が駅ビルの駐車場に停めてあって、中には可愛いお留守番が待っていた。
「きゃあ、シバじゃな〜い」
そりゃ、この捻くれた親友が、チワワだのレトリバーだのという人気種を飼うとは思って無かったけれど。日本犬も想像してなかった。
しかもこの小ささは、豆柴くんかしら。
思わずはしゃいじゃった私に、彼は大受けして笑い出した。私がはしゃぐことなんて珍しくないはずなんだけれど、まぁ久しぶりだし、反応が面白かったんだと思うの。で、笑うこと無いじゃない、って膨れて見せた。
ちなみに、それが私の勘違いだったと知ったのは、そのすぐ後のこと。
「ケン坊、それ大当たりだけど失礼だよ」
後部座席を多分飼い犬と飼い猫のためにフルフラットにしてあるそこに寝そべっていたワンちゃんは、私をつぶらな瞳で見つめてパタパタと尻尾を振っていたけれど、それから飼い主を見やって、きゅうん、と鳴き声を一つ。
そのワンちゃんに対しての、親友の反応がこれだったわけ。
っていうかさ。それって、どれ?
「ほらほら、ケン坊。笑わせないで。ミーはそこに、いるね? マァコも乗って。出発するよ」
ミーは、と呼ばれて、何故かワンちゃんと仲の良い子猫が、ワンちゃんの背中にひょこっと顔を見せた。呼ばれて顔を出すなんて、賢い猫ちゃんだこと。
ばさっと音を立てて、彼が抱えていた向日葵の花束を後部座席に放る。そっちには悪戯好きのワンちゃん猫ちゃんがいるんだから悪戯されるだろ、と思って振り返った私は、ちょっとびっくりするものを見たんだ。
案の定じゃれつきに行きかけた猫ちゃんの尻尾を、ワンちゃんの前足がペシンと叩き落として踏みつけ、猫ちゃんもそれで大人しくワンちゃんのところに戻ったんだ。
犬が猫に躾をするのもびっくりなら、猫が犬に叱られて言うことを聞くのもびっくりで、っていうかそれって子猫じゃないの?って感じだったから、その賢さに余計びっくりして。
これって、賢い、で済ませても良いのかしら。ちょっと疑問にすら感じてしまったわ。
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