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 まだホテル内には残っていた部長と彼女の伯父を捕まえて正式にお断りした後は、俺はあっさりと釈放された。彼女も納得ずくだったのが良かったのだろう。特にごねられることも無くてほっとする。

 滅多にいかない千葉方面に車を走らせて、木更津で名物のあさり飯に舌鼓を打ち、海ほたるではじめての海にミーが怯えるのに笑って、はしゃいで遊んで、自宅に着いたのは夜も更けた頃だった。

 遊びつかれたのだろう。ケン坊もミーも後部座席でぐっすり眠っていた。車からベッドに移動しても気づかないほどに。

「よく寝てるね」

「久しぶりにはしゃいで疲れたんだろうな」

 丸めて袋に入れたままだったスーツをハンガーに掛けながら、俺は苦笑して返した。

 本当に、この一週間は彼らにとってもストレスのたまる一週間だっただろう。ケン坊が賢いから甘えてしまっているのだが、恩が仕事に付きっ切りになってしまうと散歩にも行けないのだ。可哀想に、その間じっと耐えてくれる彼らには、頭が下がる。

「岳志も、お疲れ様でした」

「ん?」

 岳志『も』って何だろう? 俺は別に、恩のために頑張ったような自覚など無いのだが。

「だって、ちょうどタイミング悪く修羅場に入っちゃって、お見合いの話もギリギリまで聞いて上げられなかったし。実は気を揉んだんじゃない?」

「あぁ、まぁな。でも、別に仕方の無いことだろ? それに、恩なら事後報告でも大丈夫だって確信があったからな。ま、何とかなるだろ、って気楽に構えてたよ」

「おやおや。信用されてるんだ?」

「信用してますとも。それに、昨日その信用を保証されたしな」

「保証? 俺、何かした?」

「ん? 俺が、ちゃんと断るから心配するな、って言ったら、お前、何て言った?」

「あは。あれか。だって、岳志、生粋のゲイだもん。女性に嫉妬するほど馬鹿馬鹿しいことは無いでしょ」

 ほらね、信用されてる。恩は、信用されているという自信を、裏打ちしてくれるんだよ、事あるごとにね。だからこそ、それが恩を信用することにも繋がるんだ。

 まぁ、それが無くても、ちょっと嫉妬して欲しかったのもあるかな。どうせ無実なのは違いないのだから、ちょっとした嫉妬や喧嘩も、恋人同士仲良くやっていくためのスパイスだと思う。

「でも、美人さんだったねぇ」

「恩、あぁいう子がタイプ?」

「うぅん。岳志さんが好みのタイプど真ん中」

「それは、見る目が無いだろ」

「そうだね」

 そうだね、って。おいおい。ちょっとは否定してくれ。

 そりゃ、お世辞にもカッコイイタイプではないけどさ、俺は。そうは言っても、恋人にはカッコイイと思われていたいじゃないか。

 ちょっとショックだ。

「あれ? 落ち込んじゃった。良いじゃん、カッコ良く無くたって。一目惚れって言わなかった? 俺が好きなタイプなんだから、それで良いの。不満?」

「恩にはカッコイイと思われていたいから」

「そんなにヤキモチ焼いて欲しい?」

 ん?

 何でそういう話の展開になる?

 わけがわからず、俺は首を傾げてしまった。恋人がカッコイイと嫉妬するのか? 俺なら、恋人がカッコイイとか可愛いとかなら、自慢に思うが。

 恩はそうは思わないんだろうか?

「何で不思議そうなの? だって、カッコイイってことは、もてるってことでしょう? 今でも岳志って十分もてそうだもの。これでカッコよかったらモテモテになっちゃって、俺が安心していられないよ」

 だから、ほどほどで良いの。そう結論付けて、恩は俺の腕に絡みつく。甘えるように擦り寄ってきて。

「俺はずっと岳志に好きでいて欲しいし、ずっと岳志だけを好きでいたい。岳志は他人の評価なんて気にしないのかもしれないけど、俺は気になるよ。他のヤツから横恋慕されるのもイヤ。岳志のことを好きなのは俺だけでなくちゃイヤだし、俺のことを好きになってくれるのも岳志だけでなくちゃイヤ」

 それは、俺は今まで思ってもいなかったことだった。もちろん、俺は恩しか見ていないし、恩が俺しか見ていないのも知っている。それで、満足していたんだ。

 けれど、言われてみれば確かに、可愛い恩を見せびらかしたい気持ちと同時に、他のヤツにエロい目で恩を見られたくないとも思うんだ。恩をそんな性的な目で見て良いのは俺だけなんだから。

 やっぱり、恩って恋愛小説家だと思う。そんなこと、普通は思いつきもしない。

「こんな考え方って、重い?」

「いや。そんなことはない。むしろ、嬉しいよ。俺だって、恩を誰の目にも触れないところに閉じ込めたい気持ちも片隅にはあるし、自慢したい気持ちと共存してて、困るくらい」

 そうなんだよ。あんまり可愛いから、昔のセフレなんかに自慢したい気持ちもあるけど、そいつらに下心丸出しの目で見られるくらいならこの家に閉じ込めてしまいたい気持ちもあるんだ。

「ね? ほどほどが良いでしょ?」

「だな」

 そういう意味では、恩はほどほどじゃない気もするが。これは惚れた欲目だろうか。

 確かに美人とは言わないが、めちゃくちゃ可愛いんだ。こうして甘えられると余計に。

「恩もほどほどが良かったなぁ」

「十分ほどほどだと思うけど?」

「むちゃくちゃ可愛いぞ?」

「……岳志。あばたもえくぼ、って知ってる?」

「……悪かったよ」

 自覚あるよ、悪かったよ。しょうがないだろ、こんなに惚れてるんだからさ。





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