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 見合い会場は、都心の某有名ホテルのラウンジで待ち合わせだった。

 さすがに仕事着で行くわけにもいかず、クリーニングから返ってきたばかりのスーツに袖を通し、恩が新人賞の授賞式でしたっきりだというお祝い用のネクタイを借りて、さすがに犬猫の毛を付けていくわけにもいかないから念入りに点検して、全員揃って家を出た。

 恩の愛車は小型のハッチバックで、後部座席を平らに倒せるものなのだけれど、ケン坊とミーに遊ばせるために倒しっぱなしになっている。

 ケン坊とミーはその後部座席ではしゃいでいて、俺が助手席に、恩は運転席に、それぞれ座った。

 実は、恩のドライブ好きはちょっと行き過ぎなレベルなんだ。何しろ、一週間ほど仕事を休んで東北一周旅行とかね、平気で行っちゃうらしい。今度のゴールデンウィークはちょっと遠出しようね、と言って提案された先が岐阜の下呂温泉なんだから、それはちょっとじゃないだろう、って俺は思うんだけど。

 だから、当然運転席は恩に譲る。俺はペーパードライバーだし、恩に任せたほうが絶対安全だ。長距離無事故無違反ドライブの実績が保証している。

 週末とはいえ、昼間の首都高は渋滞だらけで、その時間も考慮に入れていたのだろう、早めに出てきた割には時間ピッタリに目的の場所に到着した。

 ホテルの駐車場に車を停めて、ラウンジまでは一緒に出かけた。

 さすがにホテルにそのまま犬猫を連れ込むわけにも行かず、ケン坊とミーは車でお留守番だ。

「しばらく話したら、後は二人で、って運びになるだろうから、そうしたらケン坊とミー連れて芝公園に遊びに行ってきなよ。俺も行くし」

「ん。わかった。しばらく眺めたら、お散歩に行っちゃうよ」

 じゃあね、と別れたのはロビーだが、そことティーラウンジの境なんてあってなきが如し。ちらっと見やれば、恩はしばらくここに腰を落ち着けるつもりらしく、カウンターへ行ってしまっていた。

 さて、本当に時間ピッタリに着いてしまったので、さっと服装だけチェックして、俺は待ち人の下へ急ぐことにする。

 俺も顔見知りのその社長と、首謀者である部長が、うら若い女性同伴で、世間話に花を咲かせていた。っていうか、その世間話も経済の話が中心で、彼女は実につまらなそうだったが。

「お待たせいたしました」

 余所行きの声は、まぁ、営業の仕事だし、すっかり身についてしまっている。

 会ってみれば、どこかで見たことのある女性だった。これは、女性に強請られた見合いなのかもしれない。だとすると、厄介だ。

 自慢ではないが、意外ともてるんだ、俺は。十人並みの顔立ちだと自覚してるんだけどな。興味がないから下心もなくて、女性受けは良い。

「やぁ、来たね」

 にこにこと愛想の良い部長に、まさか嫌な顔を見せるわけにも行かず、俺はぺこりと頭を下げるにとどめた。

 丸テーブルで、俺は彼女と向かい合い、それぞれに紹介を受ける。社長の姪だという彼女は、現在実家で家事見習い中だそうだ。

 深窓のお嬢様を地で行ってる。あぁ。ちょっと、眩暈が……。

「じゃあ、後は若い者同士で」

 そんな常套句を述べて、部長は向こう方の社長と連れ立ってどこかへ去っていった。ゴルフの素振りを見せながら。

 そういや、明日はゴルフだとか言ってたっけ。ここの社長と、か。

 ちらっと恩のほうを見やれば、あまりにも簡単な展開に、ちょっと呆気に取られていた。俺にティーカップを持ち上げて見せたのは、もう少しゆっくりする、との意思表示だろう。

 俺がそちらを見ているので、不思議に思ったのか、彼女もそちらを見やった。タイミング良く、恩は持って来ていた本に視線を降ろしたので、まさか俺とアイコンタクトを取っていたとは思わなかったらしい。俺を見返して首をかしげた。

「どなたかお知り合いでも?」

「いや、まぁ、似てるかと思いましたが。別人のようです」

 失礼しました、と謝って、俺は彼女を誘い、芝公園の方へ出ることにした。

 まぁ、しかし。嫌になるくらい気持ち良い青空だ。

 こんな日は、ケン坊と公園で遊ぶのが一番なのだけれど。もうしばらくの辛抱だ。

 俺の隣に立つ彼女は、俺に実に興味津々のようで、趣味やら経歴やら特技やらと、俺を質問攻めにする。適当に答えているとは思いもしないのだろう。ぺらぺらとよく口が動くものだ。

 それにしても、彼女の歳を聞いて驚いた。俺と同い年だというのだ。その歳まで家事手伝いかよ、と俺は思いっきり突っ込んだ。フリーターの方が、仕事をしている分、まだマシだ。

 しばらく歩いて、それだけで疲れたらしい。いや、どうもそうは見えないのだが、装っているのか何なのか。少し座りませんか、といって指差したのは、芝生を向いておかれたベンチだった。ぱぱっとベンチに積もった土ぼこりを払ってやれば、ありがとう、と微笑んでそこに座った。俺も、隣に腰を下ろす。

 そろっと忍んできた彼女の手は、俺の手に触れる前に自然に払った。あ、すみません、なんて白々しく謝って。

 芝生を見れば、いつの間にか、恩がケン坊を抱いてやってきていた。ケン坊の可愛い尻尾がパタパタと振られている。ご機嫌であるらしい。

 恩は、もしかしたら俺に気づかずにこちらにやってきていたのかもしれない。ベンチに仲良く座っているカップルに見えなくもない俺たちを見て、少しびっくりした表情だった。

 それから、何をたくらんだか、にやりと笑った。

 これだけ離れた距離にいれば、俺のように意図して彼に視線を合わせていない限りわからない、小さな表情の変化だったけれど。

 恩がしゃがんでケン坊を芝生に降ろす。と、ケン坊はこちらに向かって一直線に駆け出してきた。立ち上がった恩はまだ何かを抱いているようだったから、多分ミーは恩のところでお留守番なのだろう。

「あら? あのワンちゃん、何か変……」

 こちらに向かって全力疾走のケン坊に気づいたらしい。訝しげな表情は、理由に気づいた途端、嫌悪に変わった。

「何、あれ。足が一本無いじゃない。やだ、気持ち悪い……」

 あぁ。恩が企んだのはこれか。

 彼女の呟くような反応に、俺はようやく思い至った。

 ケン坊を初めて見る人間の反応は、きれいに真っ二つに分かれる。可哀想に、と同情してくれるタイプと、こんな風に嫌悪感をあらわにするタイプと。

 俺は、ケン坊を愛しているし、最初に知ったときも、単純に驚いた後は可哀想だと同情したくらいで、嫌悪感は微塵も感じたことは無いけれど。だからこそ、こうして愛犬の障害に酷い反応をする相手を、好きにはなれないんだ。

 まぁ良いや。断る口実が出来たからね。

 俺はベンチを立ち上がると、こちらからもケン坊に近寄って行き、俺の胸に飛び込んできたケン坊を抱き上げた。

「気持ち悪いですか? うちの愛犬なのですが」

 嬉しそうに俺の顔をペロペロ舐めるケン坊に、こら止めろってとか言いながらくしゃくしゃに可愛がりつつ、俺は彼女を振り返った。

 彼女の気まずそうな顔が、何とも言えなかった。

「ご、ごめんなさい……」

 ケン坊は、何で謝っているのかわからないのだろう。不思議そうに首をかしげ、俺を見つめた。

 遅れてケン坊を追いかけてきた恩が、やっと俺の隣にやってくる。

「ごめん、兄さん。ケン坊が一目散に走って行っちゃって」

「いや、良いよ。深い仲になる前に性格の不一致がわかって、ちょうど良かった。お互いにね」

 兄さん、というには、恩と俺は似てないと思うんだけど。まぁ、良いか。何の兄だかまでは、この際関係ないしね。結構、姉の旦那の弟とかでも、呼び名は「兄さん」だ。

 恩の兄には、どう望んでもなり得ないんだけどね。

 ごめんなさい、とまた謝った彼女に、元々そのつもりだった最後通牒を。

「申し訳ないが、この話は無かったことに」

「……はい」

 彼女に、拒否の余地はなかった。





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