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 なんだか、この数日は厄日が続いているらしい。

 週明けの職場で、俺は部長に呼び出されて返事に窮していた。

「どうかね。悪い縁談ではないと思うんだよ。君も良い歳だ。そろそろ家庭をもって身を固めるべきだと思うがね」

 これでいて、主任の役職についている俺ではあるが。部長直々の縁談では断るに断れない。恋人がいるとうっかり口を滑らせれば、今後、式はまだか、籍は入れないのか、と鬱陶しくせっつかれるのは明白だ。

 そりゃあね。俺だって、出来ることなら恩と籍を入れたいと思う。でも、それは、世間が許さないだろう。

 まして、俺はお堅い銀行員だ。しかも営業部。同性愛者だという事実を顧客にでも知られれば、大事なお得意先を失いかねないし、最悪、免職にもなりかねない。

 まったく、俺たちのようなマイノリティには生き難い世の中だ。

「会うだけでも会ってみたらどうだろう。篠坂商事の社長の姪御さんでね。君とは同い年なんだよ。実に気持ちの良いお嬢さんだよ。君と並べば美男美女カップルだ。いや、羨ましいねぇ」

 だよ、ということは、部長は会ったことがあるのだろう。しかも、美女、ときた。

 美人だろうが何だろうが、女性な時点で却下なんだけどなぁ。

「今週末でどうかね? 良い話は早いほうが良い。そうだそうだ。よし、決まりだ。土曜の13時に。場所は後で電子メールで知らせるよ」

 もう戻って良いよ、というように手を振られて、話が一方的にまとめられてしまったことを知った。しかも、電話をかけ始めてしまう。

 仕方がない。一度会って、断ろう。それが、一番円満な方法だ。

 俺は部長の席の前を辞して、深く溜息を吐いた。

 そういえば、こんな状況の話、恩が書いてたなぁ。読み返して、対策を練っておこう。




 結局、普段どおり残業をたっぷりして家に帰れば、恩はどうやら締め切り前で忙しいらしく、テーブルに普段ならある夕飯が作られていなかった。

 代わりに、メモが一枚。

『お帰りなさい。今日の夕飯は冷蔵庫です。風邪をうつしてしまうと申し訳ないので、今日はケン坊と寝てもらえますか? 明日には治しておきます。ごめんね』

 夕飯がないと締め切り前、と思い込んでいた俺は、ちょっと驚いた。

 冷蔵庫には、ポテトサラダと親子丼の具がラップをかけて入れられていて、炊飯器の保温時間はすでに八時間になっていた。ということは、昼過ぎに作ってそのまま、ということだ。

 心配になって寝室を覗けば、真っ暗な部屋にノートパソコンのディスプレイの明かりだけが煌々と光っていた。

「恩?」

「……あ、お帰りなさい」

 うつ伏せてノートパソコンのディスプレイを覗き込んでいた恩が、こちらを振り返った。声がすっかり嗄れてしまっていて、確かに風邪らしい。

「風邪、酷そうだな。熱は?」

「うーん。ちょっとあるかな?」

「じゃ、仕事やめてちゃんと寝てなさい。まったく、本当に治す気あるか?」

 そんなに酷くはないよぉ、とぼやくから、俺は少し怒ってみせる。

「大人しく寝ないと、コンセント抜くぞ」

「いや、ダメ。これ飛んだら締め切り間に合わない」

「だったら、早く治して、それから頑張れ。そのほうが効率的だろ?」

「はーい」

 まだ抵抗したそうだったけれど、結局大人しくデータを保存して電源を落とす恩に、俺は少しほっとして、体温計を取りに戻った。会社支給の医療品セットに去年入っていた体温計を恩に渡して、代わりに片付けたノートパソコンを引き取る。

「夕飯は?」

「食べてない。食欲ないし」

「食べなきゃダメ。食べたら、薬も飲んでゆっくり寝ること。おかゆ作ってやるよ。汗かいてるだろう? 体温測ったらパジャマ着替えて」

 甲斐甲斐しく世話をされれば嫌とは言えまい。大人しく頷いた恩の額に、俺の額を当てた。うん。やっぱり熱がある。

 小さな片手鍋でおかゆを作りながら、電子レンジは俺の夕飯を温める。恩はどうやら薬の買い置きはしていないらしくて、この家の常備薬は俺の会社支給のものだけだが、そもそも俺が健康的だから、そっくりそのまま残っていた。風邪薬もちゃんと入っている。

 ちょうどおかゆが出来上がった頃、恩は汗でしっとりしたパジャマを抱えて寝室を出てきた。それを引き取って、代わりに座らせて、食べられるだけ食べなさい、と命じた。パジャマは俺のシャツと一緒に洗濯機にかける。

 熱々のおかゆをふうふうと息で冷ましながら食べてくれるのに、食べられるなら大丈夫だろう、と思う。そもそも、仕事が出来るくらいだ。そんなに酷くもないはずだった。

「体温計は?」

「そんなに熱はないって。ほら」

「熱はあるよ。さっきおでこ当てただろ。随分熱かった。ほら、八度もある」

「でも、平熱高いから」

「それでも平熱とは言わないよ、これは。ちゃんと、七度以下まで下がらなくちゃ、仕事しちゃダメだからな」

 ほら、と見せられた体温計には、38度5分、とあった。想像したとおり、だいぶ高い。今夜のうちに下がると良いけど。

 これは、今夜は相談できそうにないな、と思って、俺はそっと溜息を横に逃がした。

 俺の溜息に気づいた恩は、申し訳なさそうにうなだれて、上目遣いに俺を見上げた。

 って、熱で潤んだ目で上目遣いなんてされたら、凶悪に可愛いんだけどさ。俺の理性を試されてる気がするよ。





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