ボクのペット 1
平日のお散歩は、めぐちゃんとボクの二人っきりだ。岳志さんはお仕事で遅くまで帰ってこないから、仕方がないんだ。
めぐちゃんと岳志さんがツガイみたいになったことを、公園のお友だちのご主人様たちは知っているらしい。たまにめぐちゃんがからかわれて真っ赤になってたりするしね。
最近、ボクがめぐちゃんとお話できるのは、ボクが特殊だからだって知った。
なにしろ、公園のお友だちは、ご主人様の言葉がわからないらしいんだよ。何か吠えてるけど、なんて言ってるんだろう?って、大体予想しながら反応してるんだって。
不便だね、って言ったら、ご主人様とお話が出来るケン坊が変なんだ、ってさ。悪かったよ。別にボクのせいじゃないんだけどなぁ。
ボクは別に、人間の言葉がわからないと思ったことはない。めぐちゃんとは意思の疎通が出来るし、岳志さんの言葉も理解できるからね。
今日も、お散歩の行き先は、近所の森林公園。木がたくさん植わっていて、広場は芝生で覆われてるから、ボクが転んでも危なくないんだ。それに、友だちもたくさんいるしね。
そこで、芝生に降ろされて、ボクは友だちが群れてじゃれあっているところに駆けていく。めぐちゃんは、そのご主人様たちとおしゃべりをするんだ。
今日は、みんなで森の方に遠出をした。めぐちゃんに声をかけて向こうにいると告げて了承をもらったから、他のご主人様たちもちゃんとわかってると思う。
森の方は、芝生の広場を囲んでいる。その境には石畳の歩道があって、時々自転車が通るからね。みんなはとっとっと行っちゃうけど、ボクは立ち止まって右左確認してボクがとろとろわたっても危なくないことを確認して、それからみんなの後を追いかけた。
芝生を挟んで向こう側は桜がたくさん咲いていて、下にシートを敷いて人間たちが大騒ぎしていたけれど、こっち側にはあんまり人がいないから、ゆったり転げまわれるんだ。
歩道に出ないように注意しながら追いかけっこをしていた僕たちは、その森の中に、ダンボールの箱を見つけた。
何でこんなところに?って不思議だった。だって、森の中だよ? こんなところ、滅多に人は来ないと思う。
変だよ、危ないよ、って言われながら、勇気があるというか無謀というべきか、ハスキーのトム君が、ふんふんと鼻を鳴らしながら、慎重に段ボール箱に近づいていった。ふたが閉まってて、中が見えないんだ。
トム君が近づいていく間、ボクたちはそれを息を飲んで見守っていたんだけど。
突然、その鳴き声が聞こえたんだ。
ミ〜、ミ〜、って。
明らかに、子猫の鳴き声だった。しかも、かなり弱ってる。
『猫だっ!』
『なんでこんなところに』
『捨て猫かなぁ』
『弱った声で、可哀想だよ』
『え〜? でも、猫だよ〜?』
『助けてあげようよ!』
『どうやって?』
『もちろん、ご主人様を呼ぶんだ!』
五匹の大小さまざまなボクたちは、口々にそう言って、それから、顔を見合わせた。
猫、というところに引っかかりはあるけれど。だからって、みすみす死なせるわけにはいかない。こんな、右も左もわからない子猫なんだから。
全員が、頷きあった。
ハスキーと、ブルと、マルチーズと、柴と、チワワ。ホント、バラバラのボクたちは、一斉にご主人様に向かって吠え出した。
ダンボールの中でガタンと音がしたのは、すぐ近くで犬が吠え出したせいでびっくりしたんだろう。もうちょっとの辛抱だから、待っててね、子猫。
ボクたちが一斉に吠えたことで、異常事態を察知したんだろう。五人のご主人様がわらわらとやってきた。こんな大きな段ボール箱を、ボクたちは囲んでいたから、何故吠えたのかは一目瞭然だったのだろう。
「まぁ、何かしら、これ」
若い奥さんが、頬に手を当てて、おっとりとそう言って、首を傾げた。めぐちゃんは、真っ先にボクを見下ろす。
「ケン坊。どうした?」
『猫だよ。中に、子猫がいるんだ。だいぶ弱ってるみたい』
「猫?」
めぐちゃんがボクとお話をするのは、実はあんまり珍しくない。岳志さんにバレてから、取り繕わなくなったからね。愛犬とお話が出来るなんて羨ましい、と真剣に受け取ってくれた人たちなんだ、この人たちは。だから、ボクのいつもの遊び相手だったりする。
聞き返しためぐちゃんの言葉に、周りの奥さんたちが顔を見合わせた。男であるめぐちゃんが、率先して段ボール箱に近づく。
がさり、とその蓋を開けて、めぐちゃんの表情が驚き顔になった。
手を差し込んで、持ち上げたそこに、白黒の虎模様の猫が、抱かれていた。
「あら、ずいぶん小さいのね」
「まだ乳離れしてないんじゃないかしら」
「かわいそうに、捨てられてしまったのねぇ」
「その柄は、アメリカンショートヘアかしら?」
「そうねぇ、そんな感じね」
めぐちゃんの手元に視線が集まって、奥さんたちが口々に言った。愛犬家のご主人様たちだから、動物には優しいんだ。けど、その視線は困ったようにも見えて。
「どうしましょうか」
「飼ってあげたいのは山々だけど、犬を飼ってるものねぇ」
そう。ご主人様たちは、みんな、ボクたちのご主人様だから。猫は飼えないと思う。犬と猫は仲が悪いんだ。
「飼ってくれる人を探してみましょうか」
「張り紙でも貼ってみる?」
「でも、見つかるまで、どうする?」
「うちは、トムは屋外だから、家においておけば大丈夫だと思うけど……あ、ダメだわ。主人が猫アレルギーなのよ」
「後の皆さんは、みんな室内ですもんねぇ」
困ったわねぇ、と奥さんたちとめぐちゃんが悩んでしまう。めぐちゃんの手の中では、まだやっと目が開いたばかりの子猫が、ミーミーと鳴いていた。
その声は、今にも消えてしまいそうなほど儚くて。
『めぐちゃん。ボク、面倒見ようか? 少しだけなら、我慢するよ?』
「ケン坊? いいの?」
『だって、こんなところに置いておいたら、猫、死んじゃうし』
ボクだって、猫は嫌いだけど。でも、死んだら良いとは、思わないんだ。猫だって、生きてるんだからね。
それに、めぐちゃんの片手におさまっちゃうくらいの小さな猫は、本当に小さくて、可愛らしかったんだ。あの憎たらしさが、全然感じられなくて。
「じゃあ、今日はうちに連れて帰ろうか」
「ワン」
同意を表して吠えて見せれば、めぐちゃんはにっこり笑って、自分の胸に子猫を抱き寄せた。
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