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今まで、好きになった人はみんな男の人だったけれど、だからこそ実は、俺は今までずっと、恋人いない暦を積み重ねてきた。だから、もちろん誰かと肌を触れ合わせるなんて初体験で。
触るたびにびくっと震える俺を、何故か経験豊富そうな岳志さんは何とも嬉しそうに撫でて解して愛してくれた。体の奥深くに他人の熱を感じることが、初めてなのにとても気持ちよくて。
うーん。受けの才能?
「恩は耳年増だな」
岳志さんの腕枕でまどろんでいた俺に、彼は突然、耳元で囁いた。何のこと?と思って、見上げて首を傾げたら、これまた嬉しそうに笑っている目にぶつかった。
「あんなに、見てきたように表現するから、経験があるのかと思ってたけど。初めてだろ?」
「うん、初めてだけど……?」
いや、っていうか、見るからに初体験丸出しでしょうに。取り繕ってないよ、俺。
……って、え? 表現?
「もしかして、読んでる?」
「もしかしなくても。や、俺もつい最近まで知らなかったけどな。行きつけのバーで働いてる子がさ、最近女の子向けの小説にはまってるんだ、って話になって。大ファンなんだってよ? こじまめぐみ」
うわぁ。
さすがにめちゃくちゃ恥ずかしい。穴があったら、いや、穴が無ければ掘ってでも、入ってしまいたい。
だって、本当にね。小説に書く文章は、ポルノぎりぎりくらいだから。
経験無いくせに、っていうなら、女の子たちは経験のしようがないわけで、それでもこの分野は女性のニーズで成り立っている分野なわけで、つまりは具体的な経験なんかはまったくそこに介在しないんだ。だから、未経験の俺でも書けるわけ。
知り合いで、俺の小説を読んでくれているのは、地元に残っている親友だけのはずだったから、現在まさに、青天の霹靂を頂点からもろに浴びた感じだよ。
「ん? どした?」
「……恥ずかしい……」
「そう? 俺も、好きだけどな。恩の書く話」
本当に? お世辞とかではなくて?
ちょっと疑わしくて、っていうか、まともな男なら見るに耐えないような内容だしね、信じられなくて。俺は岳志さんの顔を覗き込む。
岳志さんは、なんだか嬉しそうににこにこと笑っていた。
「いい加減、気付けって。俺の行きつけのバーって、そういうところなんだよ。だから、俺もその店の子も、偏見も違和感も皆無。わかるか?」
わかるか?って……。
え?
「えぇっ!? てっきりノーマルだと思ってた」
「だろうと思った。あのな。ノーマルの男なら、恩がどんなに想ってくれてたって気付きようがないし、そもそも男の抱き方なんて知らないって」
つまり、もともと岳志さんもゲイだってこと。
あれだけ、ノーマルな人にまたも惚れてしまったことに悩んでいた過去が、なんだかもったいない。わかっていれば、もっと積極的にアピールしたのに。
「ひどい。教えてくれたって良いのに」
「そんなこと言ってもな。俺も、恩はノーマルだと思ってたぞ。わかってれば、もっと早くに口説いてた」
本当は、一目惚れなんだ、って。まるで俺の台詞のようなことをそっくりそのまま言うんだもの。
茫然自失。本気で。
「ずっと、お近づきになるチャンスを狙ってたんだけどな。最初に挨拶して以来、お隣だって言うのにまったく顔を合わせられなかったから、こりゃ、縁がないのかな、って諦めてたんだよ。ケン坊にはじめて会うまではね」
ケン坊は、俺たちのキューピッド犬だな、だって。
ふふっ。確かに、そうかもね。
初対面の日以来まったく会わなかった二人を、こんなに急接近させてしまったんだから。
「時に恩さん、明日のご予定は?」
「うーん、どうしようかな? 一日中部屋にこもってるのも良いんだけど、そろそろ飽きたしなぁ。デートする?」
「いいね、どこに?」
「ケン坊もつれて、どこかドライブに」
「良いけど、車は?」
「愛車にご招待しますよ?」
「それは楽しみ」
それは、明日の予定が楽しみなのか、俺に触っているのが楽しいのか。実に楽しげに笑いながら、俺の肩を抱き寄せていた手が、もぞもぞと動き出す。
胸の飾りを軽く捻りあげられて、ぞくぞくっと背筋が凍った。それが、まったく不快感を伴わないのが不思議なような。
「ん。敏感」
思わず溢れた吐息に満足そうにして、俺の額に優しいキスをする。
それは、これから始まる怒涛の快感の波を知らせる合図のようで。おぼれないように、俺は岳志さんの首にしがみついた。
この身に押し寄せる快感は、今まで紙面に書き綴ってきた妄想なんかとは比べ物にならない。好きな人に愛されるって、こういうことなんだ。改めて実感。
なんてしみじみ実感している余裕は、あっという間に消えてしまった。
俺に出来ることといえば、居間で寝ているケン坊を起こさないように、声を堪えることくらい。
翌日、かなり上機嫌だった俺は、湘南の海岸まで車を飛ばした。隣には、岳志さんと、彼にじゃれついている愛犬。
ゲイである俺が、自分の頭に思い描くことが出来る範囲で、最高の幸せを、現在満喫中。
蛇足だが。
お幸せに、と言ったケン坊の声は、聞き間違いではなかったらしい。
あれから、ケン坊は自分の主人を俺と岳志さんの両方だと認識を改めたらしく、俺を名前で呼ぶようになった。それも、『めぐちゃん』。
女の子じゃないんだからさ、って思うのは、自分で考えている以上に自分が拘っているせいだろうか。
うーん。自分のことながら、謎だ……。
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