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翌日、俺はケン坊のお散歩ついでに、商店街の鍵屋さんで部屋の合鍵を作った。もちろん、大居さんのために。
俺たちがお互いを名前で呼び合うのも、敬語をやめてすぐのことだった。苗字をさん付けで呼ぶと、どうしても敬語が出てしまうから、というのがこじつけたような理由だけれど、多分それを言い出した岳志さんも、照れ隠しでそんな理由をこじつけただけなのだろう。
半年過ぎて木枯らしが吹くころには、週末の夕飯はうちで岳志さんが作ってくれるのが習慣になっていた。
週末になると、幸せなんだろうな。何故か、筆が進むんだ。だから、土日の日中はケン坊のお散歩の時間まで仕事に夢中で。ケン坊の遊び相手をしながら、岳志さんは俺を気遣ってくれる。
急速に縮まった仲は、どうしても男同士の友情にしかなりえず。変に遠慮するのもおかしいので、俺は彼に甘えている。
気がつけば、十二月も半分を過ぎ、街にはジングルベルが鳴り響いていた。
今年のクリスマスイブは、三連休の中日にあたる。
金曜が祝日で、クリスマスイブは土曜日。
ところが。
銀行員って厄介だと思う。
岳志さん、出勤なんだって。
土日は銀行も休みだけれど、岳志さんは営業マンだからね。土曜日曜営業の会社があれば、営業マンももちろん働くわけで。
といっても、普段は岳志さんもお休みだから、どうしてだろうと思って訊いてみたら。何のことは無い。土日は交代制で日直なんだそうだ。その日直当番が、ちょうどクリスマスイブに当たってしまったわけ。
可哀想な岳志さん。
恋人のいないクリスマスイブはむなしいだけだからちょうど良いよ、なんて嘯いていたけれど。
だから、日直なら残業もないし、俺はその夜の岳志さんを予約した。二人と一匹でクリスマスパーティーをしよう、ってね。
なので。
今日は朝から大忙しだ。
普段から週一回くらいしかしない部屋の掃除を、今日は大掃除並みに念入りにして。午前中に買い物に出かけて食材を買い込んで。
いつもは岳志さんに甘えているけどね。これでも料理は得意な方なんだ。
一人で玩具をいじくり回して遊んでいるケン坊に、何でそんなに張り切ってるの?って訊かれたけれど。
そりゃ、張り切るでしょ。片想いの彼と、二人っきりでパーティーですよ。お邪魔虫もいるけど。
今日のメニューは鴨のローストチキン――っていうかローストダック?――とビーフシチューとシーザーサラダ。じっくりコトコト煮込んだビーフシチューは自信も愛情もたっぷりだ。
いつ帰ってきても良いように早めに作って、サラダは冷蔵庫へ、ローストダックはオーブンのまま、ビーフシチューは弱火でとろとろ煮込んだまま、ようやく俺はエプロンをはずした。
ちょっとつまみ食いさせた鴨を、ケン坊は気に入ったらしい。よだれを垂らさんばかりにオーブンを覗き込んでいる。
時計を見上げたら、七時になっていた。帰ってくるのは九時頃と聞いているから、まだ二時間もある。
校正しよう。そう思って、仕事部屋からプリントアウトしておいた原稿を取ると、コタツにもぐりこんだ。
原稿を書くだけじゃなく、小説を読むこと自体にも、俺はかなり没頭する。自分のであろうと、他の作者のものであろうと。
活字中毒なのかな? そんな意識は無いけれど。
気がつけば、軽く二時間が経っていて。俺の膝の間に挟まってぬくぬくになっているケン坊は、お腹が空いた〜とぼやいていた。
「9時くらいって言ってたから、もうすぐ帰ってくるよ」
『だったら先に食べてようよぉ。お腹すいた〜』
「もう少しだから。我慢我慢。今日は、みんなで一緒にご飯を食べるの。イブなんだから」
『むぅ。岳志さん、早く帰ってこーい』
本気でぶすくれてしまっているのは、つまみ食いをさせたせいかな? 今日のお夕飯が美味しいことを先に知らせてしまったから、我慢がきかないのかもしれない。いつもなら、もっと遅くまで我慢してくれてるからね。
しょうがないなぁ、と呟いて見せながら、俺は台所へおやつを取りに。膝の間からコテン、と倒れたケン坊は、そのまま伸びた状態で、上目遣いに俺を見上げた。
か、かわいい……
思わず身悶えかけた俺は……変態さんだろうか……
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[mokuji]
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