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 授業に行ってくるからと言って出て行った皇を見送って、俺はともかく部屋を自分の居住空間にするべく片付け始めた。

 といっても、教科書は別のものを使っていて新しく揃えなくちゃいけないから今手元になく、持ってきたものはさしあたりの自分の私服とノート、筆記具類、電子辞書、読み掛けとこれから読む予定の文庫が三冊、割れやすいガラスケース入りの置物。
 それと、今どちらの世界にいるのかを把握するためにわざわざ二つの世界で別々のデザインにした気に入りの壁掛け時計。
 部屋に備え付けのクローゼットや学習机にちゃちゃっと片付ければものの十五分で作業は完了してしまった。

 新入りであるだけに紹介もされないうちに寮内で誰かにバッタリ会うのは嫌なので、これから住む世界の探検も後回しとなると、本当にやることがない。

 暇なので、換気のためにベランダの窓を開けたまま、ベッドに転がった。
 環境の把握もできていないままでは下手に異能力を使って厄介ごとを引き込むのも得策ではなく、とにかくやることが見つからなくて退屈なんだ。

 春というより初夏というのが正しいようなさわやかな風が室内に入ってくる。
 これを心地良いと感じつつ目を閉じれば、あっという間に眠りについていた。




 目を覚ましたのは聞き慣れないブザー音のせいだった。
 寝ぼけた頭で首を傾げた俺の耳にもう一度同じ音が聞こえて、この部屋の呼び鈴だと気付く。

 見回した室内にインターホンもないので扉の向こうに穴をつないで覗き込む。
 そこにいたのは皇と三人の同年代らしい男子生徒だった。

 皇に自分の能力を隠しても仕方が無いので、彼にだけ聞こえるように耳元に声を送る。

『今開ける。ちょっと待って』

 隠す必要は確かに無いけれどそれを彼にしたのも初めてで、皇が誰もいないけれど確かに俺の声が聞こえたそちらをビックリした顔で振り返っていた。
 もちろん、そこには誰もいないし何も無い。

 寝癖の付いた髪を手櫛で整えてついでに身支度も確認し、扉を開けてその向こうを覗き込む。

「おはようございます」

「……寝てたのか」

「ぽかぽかで昼寝に丁度良かったから。そちらは、隠さなくて良い人たち?」

「あぁ、こっちでの俺の友人。稲荷が恋人だってところまで話してある」

 それは随分と信頼した仲だ。
 ふぅんと相槌を打って皇の背後を肩越しに覗き、ぺこっと頭を下げてみせる。

「はじめまして。斎木稲荷です」

「イナリ?」

「そう、稲荷神社の稲荷」

 これ、と玄関先のネームプレートを指差す。
 それを見上げて三人が三様の反応をした。
 驚いた顔と理解できた顔と珍しそうな顔。
 それらそれぞれが彼らの性格だろう。
 真っ先に面白がるような意地の悪さはないようでほっとする。
 さすが皇が初日から俺に紹介する友人だ。
 皇の人を見る目は信頼に足ると思う。

「珍しい名前だなぁ。
 俺なんか全国に同姓同名が何人いるんだってくらいよくある名前だから、羨ましいよ」

 そういう彼の名前は、鈴木健一という。
 確かに同姓同名のいそうな名前だ。
 どっちもどっちだろ、と皇が楽しそうに笑っている。

 他の二人は、高橋政治と植村義行。
 どちらも珍しいというほど珍しくも無いけれど学校一つ程度ではダブらない程度の名前で正直こちらの方が羨ましい。

 彼らは別に俺の顔を興味本位で見に来たとかそういうわけではなく、学内や学校生活のあれこれについて教えてくれるつもりで訪ねて来たそうだ。
 皇にエスコートされる俺の周りを囲むように集まって、学内探検に出かけることになった。


 外から見た想像を裏切ることの無い素直な敷地間取りの学内は、L字型に並んだ校舎と学生寮の一棟である朱雀寮に囲まれたグラウンド、その他いろいろな建物で構成されていた。
 学生寮は朱雀寮の北に同じ大きさの寮が三棟あって、真ん中に二階建ての食堂が存在し、全てを一階の渡り廊下がつないでいる。
 朱雀寮一階の真ん中を通り抜けてグラウンド側に出ると、校舎までこれも屋根の付いた外廊下が結んでいて、雨が降っても濡れずに校舎まで行ける様だ。
 校舎は正門側の校舎が事務室をはじめとする学校運営に関わる各室と理科社会等の特別教室、最上階に図書館を備えている複合棟で管理等と呼ばれる。
 それとL字型に繋がった校舎は各クラスの教室が並んでいて、グラウンドの反対方向に全部で三棟並んでいた。
 グラウンド側から甲、乙、丙と古めかしい識別名称が付いている。
 その向こうに存在するのは正方形の大きな建物で道場と呼ばれるものだそうだ。
 これらの校舎と道路にはさまれる位置に二階建ての体育館が建っていた。
 一階は体育館で、二階は武道場だとか。
 これらの密集した建物を囲む敷地の周囲は雑木林で覆われていた。

 学生数千五百人の全寮制学校としては、小ぢんまりとまとまっている感じがする構成だ。

 部活動はあまり活発でない校風のようで、っていうかまぁ、無理やり集められた年齢幅も広いこの学校で暢気に部活なんて気力も湧かないだろうけど、学内には人がほとんどいなかった。
 外出には監視が付くとは入学前に聞かされていたから自由に出かけることもできないし、恋愛なんて余裕も無いだろう。
 女子を集めた同じような学校も存在するが、所在地は埼玉だ。
 直線距離でも数十キロ、わざわざ出かけて交流を図るには遠すぎる。

 ならば、一体学生たちはどこに消えたのか。

「能力別に十グループに分けられて日替わりで特別カリキュラムが組まれてるんだよ。
 今日はAF班の日でこれにそれぞれ百五十人。
 あと、今日は食堂に生鮮品業者が来る日だから今頃賑わってるだろうね。
 この学校は閉じ込められてる分図書室が人気で今頃は混んでる時間だし、週刊雑誌の発売日だから何割かは自分の部屋で寛いでるだろ。
 後は、細々と部活してたり自主的に能力のトレーニングしてたりかな」

 結構それぞれに自由にしているようだ。
 それにしたって暇そうだけどな。





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