一言メッセージお礼(2011/2/16〜2012/6/13)




〜皇の独白 その2〜


 稲荷が胸にピンポン玉サイズの穴を開けて病院送りになるあの事件の日から数えて十日後。

 驚異的なと言っても良いだろうスピードで回復した稲荷は、退院の日を迎えていた。
 ちょうど昨日新しい制服も出来ていて、私服登校は嫌だと言っていた彼の懸念も何の問題もなくクリアしたため、明日から普通に登校するのだという。

 ていうか、退院した次の日からいきなり登校って、大丈夫なのか?
 俺は実に心配なのだけれど。

 退院にはさすがに電車という選択もせず、学務の清水さんの車で送ってもらってきた稲荷は、寮の外部入り口前まで迎えに出た俺ににこっと笑った。
 入院中にお見舞いやら着替えやらで増えた荷物を降ろすために清水さんも車の外に出てきていて、なんだかニンマリと笑われてしまったけど。

「彼氏は実に甲斐甲斐しいねぇ」

「溺愛度は清水さんの方が上ですよ、間違いなく」

「うーん。斎木くんは手厳しいな。恋人を大事にするのも大人の男の甲斐性というものでしょう?」

「その恋人に甘えるのも年下の恋人の甲斐性でしょうね」

「やれやれ、斎木くんには敵わないよ」

 いつの間に歯に衣着せぬ物言いを言い合えるような親しい仲になっていたのか、くすくすと稲荷は楽しげに笑っていて、清水さんもまた気にした様子もなく肩をすくめている。
 人の恋人だと知っているから邪推もしないが、それにしても何だかもやもやしてしまう状況だ。

 荷物の入った紙袋を俺に押し付けて去っていく清水さんを見送ってから、稲荷は俺の隣に立ってやっぱりにこっと笑った。

「ただいま」

「……うん、おかえり」

「皇? なぁに、その一瞬の間」

「いや。うん、嫉妬するべき相手じゃないのはわかってるし」

 大体、さっきの二人の話題だってお互いに恋人とのラブラブ関係をからかいあっていたわけだし、誤解するのも難しいくらいだ。
 わかってるんだけどな。それでも、稲荷が誰かと親しげにしているだけで妬いてしまう。
 狭量な自分が嫌になる。
 そんな俺のもやもやを知ってか知らずか、稲荷は楽しそうに笑っているだけ。

 自分の気持ちにため息をつき、両手に持った荷物を片手に寄せて稲荷の腰に手を回す。
 ほっそりした腰がこの十日でさらにほっそりしてしまった気がする。
 しっかり食べさせなくては、と気合も入ったところで、寮の中へ促した。

「だからさ、皇。俺は女じゃないってば」

「病み上がりなんだから、エスコートぐらい素直にされなさい」

「う……。はーい」

 なんだか最近俺の稲荷に対する扱いに拘ってる気がする。こっちの世界でこの学校に入ってからかな。
 何かあったんだろうか。

 でも、言われるまで俺が稲荷を女扱いしてたなんて気がついてなかったから、気をつけなくちゃとは思うんだ。
 ただ、稲荷ってむちゃくちゃ美人で少し女顔だったりするから、気を抜くとか弱い感じに思い込んでしまう。
 実際、俺よりずっと精神的に強い人なんだってこのところしみじみ実感してるわけだけど。

 それが少し寂しいと思うのは、引きこもっていた過去から控えめな性格だったところが少し吹っ切れてきて、俺の手が必要なくなってきたのだと思うからなんだろう。
 元々人に頼ることの苦手な自立した人だからなおのこと。
 もっとたくさん頼って欲しいって思うのは、別に女扱いしてるわけじゃなくてどちらかというと自我を持ち始めた子供を見ているようで目が離せないせいなんだけどね。

 引きこもっていた過去に拘っているのは本人よりも俺の方なんだろうな。

「ねぇ、皇」

「……ん?」

 エレベーターがあっても自然と階段を選ぶのは、最初にここに案内したときに俺がそうしたからなんだろうけれど、病み上がりなんだからエレベーターでも良いのに、と思いながら、先に歩く稲荷を追いかける。
 呼ばれて問い返せば、数段上を歩く稲荷が急に振り返った。

「入院してね、ようやく気がついたんだよ」

「……何を?」

 思わせぶりな話し方が稲荷らしくなくて戸惑うんだけど。
 そんな戸惑いも、続いた言葉に吹き飛ばされたよ。

「好きだよ、皇。大好き」

 今更改めて言われるのは、その言葉に二つの意味が込められていて。
 俺は多分その二つをちゃんと理解したわけで。

「今までは?」

「ん〜。何となく」

「何で気づいた?」

「……植村のおかげかな?」

 答えて、くすくすと楽しそうに笑って先に行ってしまう稲荷を追いかけて。

 確かに俺と付き合い始めてから世界が広がっていく稲荷に寂しい思いをすることもあるけれど、それでも一緒に成長していけることが嬉しいことなんだと、今更ながらに実感する俺だった。





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