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 そのうちに野川さんがこの教室にたどり着いて、ノック一つして入って来た。

「またお前か、崎山」

 おっとりした話し方の野川さんには珍しい厳しい口調で、聞き捨てならないことを言われて、俺は思わず野川さんを見つめてしまった。

「また?」

「自殺騒ぎこれで三度目なんだよ」

 やれやれと疲れたように首を振るのは、理由も知っているからなのだろう。

 それにしても、野川さんまで呆れさせる理由ってところに興味が湧いてしまった。

「あのな、崎山。いくら何でも、18階から落ちたら死ぬぞ?
 せっかく戦争被害から生還したんだから、神様に助けられた命を無駄にしようとするなよ」

「だって! 貴方に見向きされないなら生きてても仕方ないんだ!」

 ……あぁ。

 野川さんが親身にならないのはそういう訳か。
 恋人のいる野川さんに横恋慕して、振られて自棄になってるということ。
 それじゃ、野川さんも深入りできないな。
 下手に優しくすると勘違いを呼びそうだ。

「諦めなよ。あの人がライバルじゃ、勝ち目はないよ」

 本人に振られるよりも、訳知りの他人から諭される方が最後通諜になるだろう。
 そう思って口を挟んでみたら、妙にびっくりされた。
 今までそばにいても特に反応しないでいたせいなのか、それとも野川さんの恋人を知っていることそのものに驚いたのか。

「知ってるのか!?」

「……君より格段に大人な人だよ。
 年上の見知らない相手にくらい、敬語使おうね」

 驚いたことでうっかり、と好意的に判断してあげることもできるけど。
 俺にはそんな義理はない。

 注意を受けて少し黙ったのは、反省したのかムカついたのか。
 どちらとも取れる。

 結局、謝るとか言い直すとかすることもなく、続きが問われた。
 うーん。こんなガキくさい子じゃ、野川さんは相手にしないだろうな。

「誰なんですか?」

 さすがに注意された後では敬語を選ばざるを得なかったようだけど、相変わらず質問が不躾だ。
 二年の歳の差ってそんなにあるのかな? 少し不思議。

「本人に聞きなよ。俺から言えるわけないじゃん」

「何でですか」

「野川さん自身が言わないことを俺が勝手に暴露できないって言ってるの。
 名前も知らない他人の君より友人を立てるのは当然でしょう?」

 反論の余地なんてないはずだ。
 そのくらいも理解できない馬鹿ではないことを祈る。

「大体、相手が誰だろうと関係ないでしょ?
 太刀打ちできない相手なら諦めるとか都合の良い事でも言うつもり?
 三つも年上の人の恋人だもの、誰だろうと君が太刀打ちできるわけないじゃない」

 そんなこともわからないで我が儘言っても報われるわけないんだよ。

 当たり前のことを当たり前に言ったら、何故か高橋が尻馬に乗ってきた。

「もっと大人にならないと、大人な人と恋愛はできないよ。
 年下ならなおさら努力しなくちゃな」

 何故か実感がこもってて不思議だ。そういう相手がいるのかな?

「わかったら、もう自殺騒ぎを起こさないことだね。
 そんな気の引き方しても、相手は振り向いてくれないよ」

 とどめは植村が引き受けた。ガックリと肩を落とした姿が反省のポーズであれば良いけどね。

 決着がついたところで、開けっ放しだったゲートをくぐって皇と教師が三人に軍所属教官が一人やってきた。

 うちの一人は田端先生で、二人の教師で問題児を引き取って戻って行った。

「事情を確認したい。関わった学生全員に聴取するので、少し付き合ってくれ。
 田端教諭、よろしいですな?」

 では行こう、と誰の返事も待たないでゲートをくぐって戻って行ったのに、俺たちは顔を見合せて肩をすくめた。
 田端先生が行ってきなさいと送りだすことを言うから拒絶もできず。

 野川さん、皇、高橋、植村、鈴木、俺の順にゲートをくぐり、出入口双方の安全を確認してようやくゲートを閉じた。





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