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検査の結果、傷は順調に回復していっているらしいとわかった。
普通の声が出せるようになって酸素マスクなしで無理なく呼吸が出来るようになったら退院、ということだから、後二三日かなってところ。
翌日は、野川さんが清水さんと一緒に来てくれた。
この病院は駅から少し遠くて途中が歩道橋続きなんだけど、これを踏み抜きそうで恐いんだそうだ。
だからって車だともっと恐くないかな。高速で走ってるのに落とされたら大分危険だと思うんだけど。
「英輔の車の助手席なら大丈夫。そんな危険が無いように、俺用の特別シートだからね」
さすが清水さん。野川さんのためなら車の改装くらいは当然のことらしい。
「それよりも、天野くんは学校サボりかな?
こんな時間にここにいるなんて、ちょっとありえない経過時間だと思うんだけどね」
はい。ただいまの時刻は終業チャイムから三十分後。
最寄り駅の往復をそれぞれ足せば、今頃二子玉川駅に到着した位のはずだ。
自動車には敵うはずが無い。
けど、そんな清水さんのツッコミに、皇は照れくさそうに笑った。
「稲荷のゲートに迎えに来てもらいましたから。寮の部屋からここまで一歩ですよ」
「……斎木くん。入院中に能力を使うのは、どうかと思うよ、俺は。何か事故でもあったら責任持てないでしょ」
うん、まぁ、万が一がもしあるのなら確かにね。
でも、入院中でも日常でも区別する必要はないんじゃないかと思うけど。
そんな清水さんの言い分に、野川さんが俺の代わりに楽しそうに笑って返してた。
「大丈夫だよ、英輔。斎木くんなら本当に万に一つだから。
病院で寝てても退屈なんでしょ」
うーん。野川さんはすっかり俺の理解者だ。
そうそう。寝てても退屈だから、使う必要があるなら能力を使うくらいは惜しみたくないわけ。
野川さんの物言いに肯定するように、俺も何度か頷いた。
直後、不自然なところで身体が止まって、枕にぽとっと落ちてしまう。
この人たち、けっこう鋭いからな。バレたかも。
「どうした? もしかして、どこか痛いのか?」
むぅっと眉間まで寄せていれば疑う余地は無いらしい。
せめて深い息をついて、困って笑った。それから、窓の外に目をやる。
外は大降りの雨。ただでさえ身体が弱ってるから、もう最悪もいいところだよ。
俺の視線を三人揃って追いかけてくれて、全員が同じように首をかしげ。
「外?」
「あぁ、雨がまた酷くなってきたな」
「……背中、痛むのか?」
皇、正解。さすがに俺のことを良く見てる。
ろくに身体も動かないしまともな返事も出来なかったけど、どうやら無意識に苦笑していたらしい。
途端に皇に呆れた顔をされてしまった。
「後遺症で我慢しても良くなるわけないんだから。
病院には知らせたのか? 痛み止めもらう?」
叱るんだか心配するんだかどちらかにすれば良いのに、と思わせる口調の皇に、俺はやっぱり困って小さく首を振った。
元々傷のために痛み止めは入れているはずで、それでも治まらない痛みを止めようとするなら意識が朦朧とするくらい強い薬になってしまう。
せっかく皆来てくれたのに、それはもったいない。
けれど、首を振った途端、皇とベッドをはさんで反対側にいた野川さんにふわりと軽く頭を叩かれた。
清水さんは何も言わずに病室を出て行ってしまう。
「病人は無理しないの。早く良くなって学校に戻ってきてくれるのが一番良いんだから、今はゆっくり休みなさい」
俺が首を振った理由をしっかり理解して叱った野川さんは、それから清水さんが出て行った戸口を振り返った。
「医者が来るまで少しかかるだろうから、その間に報告しておくね。
松永くんだけど、昨日の朝早く、自室で発狂した。今は横須賀の軍病院の特別病棟に収監されてる。
あんまり突然だったからテレパス能力者が疑われてたけど、全員その夜から朝にかけてはアリバイがあって、動機のある人も見つからなかったから結局原因はわからないまま。
ただ、本人が能力がなくなったって喚いているからそれが理由だろうとは考えられてるみたい」
発狂……。
何だか後味の悪い終わり方だ。
その原因を作った植村も罪悪感にさいなまれてるんだろうなと思って、申し訳ない気持ちになってしまう。
皇もそれは知らなかったみたいで、驚いた顔で野川さんを見つめていた。
授業時間以外はギリギリまでここで過ごしている皇に噂話は入って来ないんだろう。
「そういうわけで、緊急寮長会議があるから二十時に青竜寮の一階会議室に集合ね、天野くん。
松永くん発狂現場に居合わせちゃった子の心のケアと、次の寮長を決めなきゃいけないから」
人が一人戦線離脱しても世界は変わらず回るんだなぁ、としみじみ思わせる話題で、俺は二人の顔を交互に見上げた。
皇は何やらため息と一緒に肩を落として。
「玄武寮で寮長適任者って、誰かいますかねぇ」
「植村くんで良いじゃない。
他にいないでしょ。それなりに責任感があって人気もあって気遣いのうまい人」
「またあれですか?
嫌なら自分より適任だと思う人を推薦しろってヤツ」
「理に適ってるじゃない。
そのおかげで天野くんだって寮長してるわけだし、俺も先輩に押し付けられたもん。
高校出るまでの辛抱だよ」
二人で話してる内容は、部外者の俺には仲の良い掛け合いだというだけで楽しくて。
しっかり他人事だからね。心置きなく笑わせてもらった。
笑うと、背中の傷と今回の肺の傷が痛むからやめて欲しいんだけどさ。
丁度良く、ガラッと扉が開く。
今回の担当医は無駄に元気で、多少無神経。ついでに妙にタイミングが良い。
「斎木さん、痛み止め持って来ましたよ。その前に状態診させてくださいね」
ずかずかと病室に入り込んでくるのは医者だから当然だけど、皇は少しむっとしたみたい。
で、そんな皇の反応に楽しそうに笑った野川さんは、俺にまた来るからと言って帰っていった。
「患者さんは眠ってしまいますから、お静かにお願いしますよ」
その言葉で長居も出来ないと判断したのだろう皇が、俺が見ているのを確認して「またね」と唇を動かした。
独りで取り残されるのは、病院だから仕方がないけれど、何度入院しても慣れなくて。
早く怪我を治して学校に戻ろう。
朦朧としてくる意識の中で、そんな風に思ったんだ。
おしまい
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[mokuji]
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