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「いい加減諦めなよ、松永。
無駄な悪あがきは寿命を縮めるだけで良いこと無いよ。
選択肢を与えられてるだけありがたいと思わなきゃ」
同い年なだけに対等な立場で野川さんがのんびりとそう諭せば、松永さんからは悔しそうな唸り声が返ってきたけれど。
その次の瞬間だった。
ベッドの中から松永さんの姿が消えて、何故か俺の背後でドカンとすごい音がした。
振り返れば、いつの間に移動したんだって感じな松永さんが自分の身体を抱えて蹲っている。
どうやら痛かったらしい。
見下ろして、何が起きたのか理解できたのは俺だけだったようで、皆がビックリした表情だ。
つまり、室外に瞬間移動しようと扉の隙間を通り抜けようとして、俺の結界に激突したらしい。
分子だか原子だかのレベルに分解してて神経すら分解されてるんだから、派手にぶつかったことによる痛みではないだろうと思うんだけどさ。
それとも、神経全体で痛覚を刺激されたのかも。だとしたら逆に相当痛そうだ。
しかし、あれだ。この状況はちょっと良くない前例を作ったかも。
この人を拘束しても瞬間移動は止められないんだって思われたかもしれない。
窒息させるわけにはいかないから網目にしただけなんだけどさ。
痛みは一瞬だったらしくて、ニヤリと口元が笑んだのがわかって。
ってか、この人、ホント頭悪い。
今何に瞬間移動を止められたと思ってるんだろう。
さすがに何度も見ていれば瞬間移動が本当に瞬間なわけではないと見破れる。
松永さんが自分の身体を移動にかけ始めた瞬間を狙って、俺も松永さんを密閉空間に閉じ込めた。
それはそれは、すごい光景が出来上がった。
ぴったりと身動きの取れなくなった右半分と、行き先で結合できずに戻ってきた左半分。
しかもところどころ行方不明なのは結界に阻まれているようで、そこから血や体液が流れ出していた。
さすがに痛々しいので、結界を全体にかけなおして元に戻れるようにしてやったけど。
そのかわり、今回は密閉空間空気穴なしなので、息はできないはずだ。
声だけは届くように、結界を遮音結界にしてみた。
矛盾しているようだけど、これが空気を通さず振動だけを通す優れものなんだ。
わずかに漏れ聞こえる音も、それだけしか聞こえなければちゃんと言葉になって通る。
「だからね、松永さん。
こないだ、俺、大分手の内明かしました。
強情張ってると死にますよ、貴方。
そもそも俺に貴方程度の力で勝とうだなんて、甘いにもほどがある……」
あ、落ちた。
気を失ったのを確認して結界を解き、ついでに空気を直接気管に送ってやった。
心臓は止まっていないし、空気にむせるくらいだから生命の危険は心配してない。
失敗してもここは病院だから、っていう余裕があったのも確かだけど。
むせって強制的に目を覚まさせられた松永さんの目の前に、顔を寄せ。
「次は助けません。貴方はもっとプライドより自分の身を守るべきです。
最後の警告です。二度と俺にちょっかい出さないでください」
ぜぇぜぇと息苦しそうなその人に俺が言いたいことを言っている間に、俺の隣に植村がやってきていて松永さんの額に触れた。
その間、一秒。
気を失って倒れる松永さんを見下ろした植村は、少し悲しそうだった。
皇を見上げてベッドを指差す仕草で植村の言いたいことを理解した皇が、松永さんを担ぎ上げてベッドに移動してくれる。
「……植村?」
結局、手を触れて植村が何をしたのかは見た目ではわからなくて、問いかけてみる。
それに、植村は何故か首を振った。
「能力者が能力を使えなくなるって、両腕を無くすくらい重要な問題なんだよ。
だから選ばせようと思ったんだけどね」
だけど?
「奪ったのか」
皇がその続きをほぼ断定して返せば、植村はゆるゆると首を振った。
「能力なんてもの奪おうと思ったら相手を廃人にするくらいに叩き壊さなきゃいけないから。
封じただけ。
本人が糸口を見つけられれば取り戻せるけど、この人にはムリだろうね」
植村の答えに俺たち全員が神妙な気分になってしまう。
植村の悲しい気分が伝播したんだと思うんだ。
それにしても、いつまでも気落ちしていられないし。
「さ、俺たちは返ろう。後は本人の問題だ」
野川さんに促されて、俺は病室の扉に病院入り口横の守衛室裏に繋がるゲートを開けた。
血だらけの松永さんが見つかったら真っ先に疑われるのは最後にその部屋を出た俺たちになるだろうから、だったらそこにいたと看護師に印象付けるのは得策じゃない。
最後まで残った野川さんがナースコールを押して。
『松永さん。どうされました?』
声を聞いてもう一押し。
バタバタと人が駆けつける音を聞きながら、野川さんを吸い込んでゲートは閉じた。
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