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携帯電話の着信音で目を覚ました。
普段から目覚ましに使っている携帯電話は、寝てるときは枕元に置いてある。
それがけたたましい音を立てていた。
場所は実家の自分の部屋。
お気に入りの壁掛け時計は朝の六時を指していた。
普段目を覚ます時間より三十分も早い。
画面に表示された名前は、皇だった。
「……しもし?」
『無事?』
朝の挨拶も何も無く。
寝ぼけて返した俺の声にかぶるように皇がそう言った。
ちなみに、一方の世界で気を失ったままの状態でこっちの世界を数日過ごすのは幼い頃から慣れているから、俺自身は焦る気がさらさらないんだ。
そもそもこっちに意識が残っているのなら、向こうの世界の俺も死んでないってことだろうから。
多分、って注釈がつくけど。
「……ん〜」
頭は起きてても身体も言語野も寝ぼけたまま、ほとんど唸っているだけの返事をする。
その俺の反応にほっとしたらしく、皇が微妙な笑い声を返してきた。
っていうか、鼻で笑われたようにしか聞こえなかったんだけど、気のせいということにしておく。
『学校行けそう?』
「ん〜。こっちは平気ぃ〜」
何でそんな尋ねられ方をしたのかは自覚があるからね。
わざわざ『こっちは』とつけて答える。
正直、向こうの自分がどうなったのか知りたい部分もあるし。
野川さんにも会っておきたい。すぐ近くにいたから、きっと心配してると思う。
『じゃあ、学校で待ってるからな。せっかく起きたんだから、寝坊するなよ』
「ん。起きる」
正直まだ寝ていたいけど。念を押されちゃ仕方が無い。
じゃあ後でね、と挨拶して切れた電話をしばらく眺めて、ようやく俺はもぞもぞと起き上がった。
学校に着くと、皇と野川さんが揃って待ち構えていた。
「おはよ、皇。野川さん、おはようございます」
「うん。おはよう、斎木くん。こっちでは元気そうで安心したよ」
わざわざ二年生の教室まで来て待っていてくれた野川さんは、本当に心配してくれていたようだとわかる。
俺の無事を確かめるように抱きついてくる皇をそのまま受け止めながら、野川さんに感謝を込めて頭を下げた。
「ご心配をおかけしました」
「うぅん。こっちこそ、すぐ近くにいたのに守れなくてごめん」
いやいや、野川さんが謝るべきことではないから。
「それより、一体何が起きたのか教えてもらえませんか?」
こっちでの俺は何事もない健康体なのに皇に体調を気遣われて座らされながら、二人に尋ねる。
まぁまず明日目を覚ませる保証はないわけだし、事態は把握しておきたい。
俺が今理解していることは、誰かに背中を押されたことと胸に多分穴が開いただろうことだけなんだ。
二人がかわるがわる説明してくれた俺が気絶した前後の状況は、想定される最悪の事態こそ免れたものの懸念を残す内容だった。
俺の背中を押したのは同グループで訓練していた松永さんの取り巻きの一人だったらしい。
何かに躓いたなどの事故であれば咎められることもなかっただろうけど、俺に丁度注目が集まっていた時だけに故意に背中を押したのは多くの目撃者がいて言い逃れも出来ず、彼は悪質なイタズラの責任を取らされることになって寮の自室に謹慎処分だそうだ。
ただし、彼は明らかに実行犯で言い逃れの余地もないわけだけど、その彼に背を押すように指図したのであろう松永さんには何の咎めもない。
実行犯本人がそうと言わなければ松永さんの罪は明らかにされないわけだ。
おかげで、皇も野川さんも次は何をするつもりなのかと警戒しているらしい。
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