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 その日はその後特カリまで何もなかった。平和なのは良いことだ。

 松永さんが学校に出てきてるのは体育の時間に偶然分かったけれど、あの時一緒に石灰を被った一年生二人はどうやら休んでいるようだ。

 同じ道場の別部屋に行く皇に送られてきて指定された『艮』部屋に入ると、すでに集まっていたメンバーに一斉に注目された。
 自分で避けていたせいもあって注目を浴びるのに慣れてないから、思わずびくっと震えてしまうのだけど。

 助かることにすぐに教官である中島二佐がやってきて彼の元に呼び出されたため、ものすごい量の視線からは開放されたけど。
 正直、恐怖の対象だよ。注目って俺にとっては暴力だ。

 特別カリキュラムと称して一部屋に集められるけれど、俺が放り込まれた個人技能開発グループは特に集まって何かするようなことはなくて、部屋に入ってすぐにそれぞれ訓練を開始する形態だ。
 集められるのはただ単純に担当教官の監視下に置かれるためという一点のみが理由であるらしい。

 中島二佐に案内されて渡されたのは、昨日も見せられた透明な箱だった。蓋を閉めてガムテープで口をぐるぐるっと閉められた衣装ケース。
 中には大小さまざまな雑貨がバラバラに入れられていた。
 積み木とかバラバラのトランプとかいう玩具からノートに鋏という文房具などまで。
 安全な物も危険物も固形物も紙っぺらもあって、乱雑なようでそれにしては考えられたラインナップだ。

 それから、渡されたのは一枚のプリント。
 箱の中に入れられた物の名前と出入の文字、チェック用らしい空欄の枠で構成されたプリントで、一見してその意図が明確だ。
 この順番に物を出し入れしてチェックしろ、っていうことだろう。

「今日これからカリキュラム終了時間までにこの作業をこなすように。できるね?」

 できるかっていうか、まぁ、うん。一時間も要らない。
 終了までってことはあと二時間はあるんだけどさ。
 反論はしないで素直に頷いたら、中島二佐は俺を置いて立ち去っていった。

 ざっと見回して開いている壁際を見つけ、受け取った荷物を押してそっちに避難する。
 注目は少しでも少ない方が良い。

 チェック表の半分も進んだ頃。時間にして二十分後くらい。

 黙々と作業してた俺の名前を呼ぶ声がして、ビックリして顔を上げた。

「斎木、くん?」

 それは、野川さんだった。思わぬところで思わぬ人に会った。
 野川さんもこのグループだったのか。

「はじめまして、野川です。教官から同じ空間使い同士面倒を見るように指示されました。よろしく」

「……よろしくお願いします」

 なるほど、出会いのきっかけをそこに作ってくれたんだ。
 偶然なのか、わざわざそう仕向けてくれたのか。寮の部屋割り同様に清水さんの裏工作が入ってても驚かないよ、この状況。

 野川さんは俺が挨拶を返すのを待って隣に座り、俺のチェック表を見下ろして苦笑した。

「もっと手を抜かないと、レベル上げられちゃうよ?」

 隣の距離まで届く程度の小声でそう言われて、俺もそれを見下ろした。
 もうすでに半分終わってて、指示された制限時間はまだ一時間四十分も残ってる。
 確かに、と俺も納得して手を休めた。
 丁度次の項目であるテニスボールを手元に落としたところだったから、それを受け取って手の上で弾ませケースの中に戻す。
 入り口と出口を入れ替えればこの程度は楽勝。

 野川さんが持ってきたのは、手提げの工具箱というくらいのサイズのプラスチック箱だった。
 中にはいろいろな素材のゴルフボールサイズの球が入っている。金属とか木とかプラスチックとかゴムとか塩ビとかガラスとか陶器とか。

「もしかしてそれ、引っ張れるんですか?」

 隣に座ってそれぞれの訓練を始めたところで周囲は興味を失ったようではあったけど、音を漏らさないように話してる声は何となく聞こえる程度の遮音の結界を周りに張り巡らせてから問いかけた。
 何故消音にしなかったかといえば、それをすると周囲の音がこちらに入ってくる方も遮断してしまうからだ。

 俺が普段通りの音量で話しかけたのに驚いたようできょとんとした野川さんに、大丈夫と頷いてみせた。

「結界張りました。音は漏れるけど、何を話してるかまでは聞こえませんよ」

「……やっぱり斎木くんの力はすごいね。何でもできる気がするよ」

「何でもなんてできませんよ。俺の能力は、空間を切り取って穴を開けるだけです。後はみんな応用ですから」

 何もしないのも周りに訝しまれる原因なので、さっき戻したテニスボールをもう一度手元に落としながら、さらっと答えてみせる。
 それから、それで?ともう一度問いかけた。
 その俺の疑問に野川さんは何故か苦笑したけど。

「まだ成功率十パーセントってところだけどね。一番難しいのが木のボールだったのは自分でも予想外だった」

「え、っていうか、それは難しいでしょう? 一方が有機物だもの。
 野川さんの力って無機物限定ですよね?」

「だって、箱は完全な無機物だよ?」

「他はボールも無機物じゃないですか。両方に干渉すれば通しやすいってことでしょう?
 箱にしか干渉できないと難しいのは当たり前です」

 どうやら野川さん本人が気づいていなかったらしい。
 言われて気づいたというようにむむっと考え込んでしまった。
 それから、俺の顔をマジマジと見つめて苦笑を見せる。

「斎木くんって能力隠しながらこんな所で無駄な時間使ってるより、異能力の研究調査でもしてた方が有意義なんじゃないの?」

「え〜? 何でですかぁ。ヤですよ、そんな面倒くさそうなの」

「……多分、斎木くんには楽しいと思うけどね。
 俺の力を俺も理解してないのにあっさり解析しちゃうんだからさ、活かさない手はないと思うんだよ」

「活かそうと思ったら、まずは公表しなきゃいけないじゃないですか」

「……まぁ、ねぇ」

 それが嫌なのだという理由は彼自身がそうだから納得できたようで、困ったように相槌を打ちながら引き下がってくれた。
 くれたけど、すぐに何かを思いついたようでまたこちらに身を乗り出す。

「じゃあ、個人的に相談に乗ってもらうのは良い?」

「こっちだと人の耳が気になるんで……」

「だったら、向こうでだけ。明日とか、時間とってもらえるかな?」

「皇の部活中なら暇なので構わないですよ」

 何だか随分熱心だ、と思うくらい積極的に頼まれれば嫌だとも言えないし。
 相手が野川さんだから拒否する理由もない。なので、了解と答えたのだけれど。
 野川さんに少し呆れられてしまった。

「ホント、斎木くんは天野くんに合わせて生活してるよね。ラブラブなのは良いんだけど、窮屈じゃない?」

 んーと。それはつまり、皇の部活中以外はベッタリだと思われてるってことかな?

「明日は皇と約束があるんです。普段は放課後はまったく別行動ですよ」

 ベッタリどころか、俺の放課後は普段図書館に入り浸りだ。
 昨日と明日が特別一緒にいるだけ。
 だからそう答えたのだけれど。
 昨日知り合ったばかりの野川さんは、学校にいる間はベッタリくっついている俺たちを他人として見てて噂を聞いているだけだったからこそ信じられないようで疑いの眼差しだった。
 ホントなのにねぇ。





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