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 松永さんとのこっちでの初遭遇は思ったよりは早かった。

 体育の時間。
 この学校は学年が通常より多いから時間割もそれだけ複雑で、丁度その時間は、中学生一クラスが体育館を、中学生一クラスが体育館二階の武道場を、高校生二クラスがグラウンドを二分割という割り振りだった。
 そのグラウンドの高校生二クラスが、二年生の俺たちのクラスと松永さんがいる三年生のクラスだったわけ。

 今まで体育の授業は受けてきていたけれどグラウンドの向こう側を使っている別クラスに誰がいるのかなんて興味を持って観察していない限りはわかるはずもなくて、俺以外の四人が揃ってうわぁって顔になった。
 その反応こそがおもしろくて、俺は他人事のように笑ってしまったけど。

 大体、優等生を維持したい人が授業中に他のクラスの人間に危害を加えるような真似を考えるわけないだろうし。
 この授業中に何かあるとは思えないんだから、俺は身構える必要を感じられないんだよ。

 こっちのクラスでは、グラウンドの片隅で走り高跳び。三年生はグラウンドを割りと広めに使ってハンドボールの授業だった。
 向こうでキャッチボールやらシュート練習やらしているのを眺めつつ、二セットの高跳び用のポールとマットを準備してクラスを半分に分けて順番に跳んでいく。

 ちなみに俺の成功率はゼロパーセント。
 マットと同じ高さのポールが跳び越せないんだから、何をしても無駄だ。
 皇は俺の運動神経の壊滅振りを知ってるから今更何とも思わないらしいけど、あまりの無能ぶりに他三人にはかえって気遣われてしまった。

「稲荷もね、三十分自転車漕ぐくらいの基礎体力はあるんだから、身体の使い方さえ覚えれば出来るようになると思うんだよ?」

「その『さえ』が大問題なの」

「まぁ、理由を昨日目の当たりにした手前、安易に頑張れとも言い辛いしなぁ」

 順番待ちの間に皇とそんな会話をしていてふと気がつけば、三年生のグループから強い視線を感じるのがわかった。
 うーん。相手は松永さんだろうけど、俺が運動神経ダメダメだっていう事実は皇の恋人っていう立場と同時に全校に広まってると思ってたんだけど。
 今更驚いたって顔でこっちを見られても困る。

 俺が三年生の方に気を取られているのに気づいて、皇も俺の視線を追って松永さんを見つけたらしい。
 その反応は、ひょいっと首を傾げただけだったけど。

「稲荷? どうした?」

「もしかして俺、松永さんに弱点捉まれた?」

 驚きが落ち着いたら、何やら企みでも思いついたらしい。松永さんの口元がニヤリと笑みを作るのが見える。
 もちろんこの距離で肉眼では確かめられないし、空間繋いで拡大して見てるから隣の皇には見えてないだろうけど。

 と思ったら、皇も何だか疲れたようなため息を吐いた。

「うーん。何か企んだな、あれは」

「……見えるんだ?」

「だからね、稲荷。俺の神経は全体的に通常の二三倍」

 あ〜。目も耳も鼻もよく利くってわけか。
 そーでした、と肩をすくめて返せば、そろそろ実感しようよって笑われてしまった。
 今のところ、実感するような場面に遭遇してないからなかなか難しいんだけどね。

 でも、一体何を企んだんだろう。
 運動神経ダメダメな分は十分能力で補えると思ってるから、企む余地なんてそうそうないと思うんだけど。

「俺から離れるなよ、稲荷。特カリ終わったら迎えに行くから待ってろ」

「うん。わかってる」

 昨日の晩から散々口が酸っぱくなるくらい念を押されてる。
 そんなに信用できないのかって拗ねて見せたら、この件に関してはまったくないと断言されてしまった。
 日頃の自分の言動をちょっと反省した一件だ。

 ただし、ここで問題が一つ。

「特カリ、松永さんも同じグループなんて落ちがあったりするんじゃないのかなぁ」

「……その可能性を考えてなかった」

 まだ同じグループのメンバーを一人も知らないわけだけれど、少なくとも皇と仲間たちの中に同じグループの人はいないというのは確認済みだ。

 もしかして俺と松永さんが同じグループだった場合。普段気をつけててもほとんど無意味だということになる。

「特カリ中の事故って、どういう扱いになるの?」

「特に問題にはならないぞ。故意でない限りは誰にも責任負担はない。軍の訓練と同じだからな」

「例えば、障害が残ったり、最悪事故死とか?」

「学校には障害手当てとか遺族補償とかの支払いが発生するだろうけど、それだけじゃないか?
 ……ってか、何でそういう最悪の事態を想定するんだよ、稲荷」

 皇はきっと俺が被害者になる方の心配をしたのだろうけれど。
 俺としては加害者になってしまう可能性の方が高いと自覚してる。
 責任取らされて大借金を抱えるのは嫌だし、って思ったんだ。

 何で今いきなりかといえば。
 松永さんってかなり無茶をする人だっていうのは昨日の一件で実感済みで、だからこそ俺が制御しきれない力を使わされちゃったりとか、あり得るなぁって思ったからなんだよね。

「稲荷。頼むから、半身不随とか事故死とか、俺を置いていきそうなことに巻き込まれないでよ」

「それは俺も嫌だけど。そういう災難って避けられるものじゃないんじゃないの?」

「それでも。稲荷って意外に躊躇なく無茶するから心配だよ」

「……ん〜。自重します」

 そこは反論できなくて。神妙に頭を下げるしかなかったわけで。

 そんな話をしているうちに順番が回ってきて、皇が先に高跳びのポールを跳び越えた。
 綺麗なフォームがまるで体重を感じさせなくて、俺は自分の順番を後ろの人に急かされるまでぽぅっと見惚れてしまったんだ。





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