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何やら背中がくすぐったくて身を捩る。
その自分の動きで目を覚ました俺は、背中に感じる人の気配とチュッという湿った音の元を確認するように後ろを振り返った。
今日は俺より先に目を覚ました皇が、背中の傷跡を舐めていた。
もうすっかり傷口も塞がっていてくすぐったいだけなのだけれど、まるで傷を癒そうとする獣のようだ。
「……こぉ?」
「おはよ、稲荷」
首元に顎を乗せてほっぺたに自分の頬を擦り付けるような懐く仕草をしながら、皇がもうすっかり目を覚ました声色でそう言う。
俺の声が寝惚けているだけに対照的だ。
今日は俺の部屋で目を覚ました。
元々飾り気など作らない性質だからこの部屋も実に殺風景なままで、目に付くものは多少の本と壁掛け時計くらい。
現在時刻は六時少し前。
外はすでに太陽が昇って眩しいくらいだ。今日も晴れるらしい。
人肌はぬくぬくで気持ち良いしまだ眠たいしで布団の中にもぐりこむと、後ろの皇がくすくすと楽しそうに笑った。
「シャワーする?」
「……ん〜」
いや、だからね。寝起き悪いんだって、俺。
頭は何となく起きたけど、まだ目を開けるのも億劫。
返事の代わりに唸って返して、くしゃくしゃのシーツを握る。
身体の力なんてもちろんまだ入らないから、ベッドに縋ってるだけともいう。
あー。このシーツ、洗わなきゃなぁ。
「シャワー、連れてってあげようか」
おや、サービス良いね。
嬉しいからへらっと笑って、反対側に寝返り打って皇に抱きついてみた。
それで伝わったようで、軽々とお姫様抱っこで抱き上げられてシャワーブースへ移動する。
さすがに熱めのシャワーを浴びれば目も覚める。
今更気づいたけど、腰が痛い。
これは昨日頑張りすぎたかな。
原因である皇に文句を言ったら、半分嬉しそうに謝っていた。
嬉しそうってどうなのよ、って感じなんだけどさ。
二人分の衣類とシーツを洗って皇の部屋のベランダに干して、丁度朝食の食堂が開く時間。
毎日このペースで過ごせたら、朝がゆったりできて良いかも。
今までがギリギリまで寝ててバタバタする生活だから、改めてそう思った。
といっても、三日坊主な性質だし、いつまで続くかなって気がするけど。
朝ごはんは予定通り和食にして、昆布つゆを水で薄めて卵に混ぜて出汁巻き卵を作る。
俺を一人にさせられないからとキッチンまでついてきた皇が、手間のかかる出汁巻き卵の作り方に感心しきりだ。
ちなみにこのフライパンは昨日買ってきた自前。
テフロンの寿命は毎日使っていれば一年がせいぜいだし、共用を毎回使うのは忍びない。
純和食の朝ごはんを食べて、初めての制服に袖を通し、徒歩数分の教室へ移動する。
始業時間より大分早いし他の人たちは同じ敷地内の安心感からギリギリまで出て来ないらしく、途中で誰にも会わなかった。
当然のように教室も無人だ。
教室内ではさすがに皇と離れた所に席があって、でも俺の席は転入したばかりだから最後尾にあるおかげで、こっちの席のほうが空間的な余裕がある。
皇はカバンだけ机に置いて早々にこちらの席の前の椅子に腰を下した。
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