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皇の母親が帰宅したのは、お風呂で二回戦目を済ませて服を着てリビングに落ち着いた時だった。
時々遊びに来る俺に彼女も顔を覚えたようで、ゆっくりしていってねと言いつつ俺たちを皇の部屋に追い立てた。
家事の邪魔だということらしい。
汚してはいないものの寝乱れるのまでは防げなかったベッドを整えて、二人並んで腰を下す。
「で? 話さなきゃいけないことと聞きたいことって、さっきの?」
「……も、そのうちの一つ。
話さなきゃいけないのは俺の弱点で、聞きたいのは皇の力のことだよ。
向こうの世界ではどこに耳があるかわからないから迂闊なことは話せないし、今日のうちに認識を合わせておかなくちゃと思って」
今日が今日だけに、向こうで何が起きるかわからない。
それは皇にもわかっているようで、渋い顔で確かにと頷いた。
「俺の力は能力というほどじゃないんだ。ちょっと運動神経と感覚が発達してる程度。
だから、能力的には要人警護くらいしか役に立たないって教官には言われてて、実践より戦略側のカリキュラムに振り分けられてる。
それなりに脳活動スピードには自信があるから、適所かなって思ってるよ」
つまり、感覚がちょっと鋭い一般人ってところなのかなと思う。
ということは、異能力には頼らない方が得策だろう。
「さしあたっては、稲荷のボディガードが俺の仕事かな?」
「うん。実際今一番欲しいのがボディガードなんだよね。
俺の力の最大の弱点が、能力を操れる個数制限なんだよ。
今日もそうだったけど、この三つって制約は実戦ではだいぶキツイんだよね。安全なゲートを作るだけでも二つ使っちゃうんだから」
自分の身を守って敵対する相手に致命傷とか一生残る傷とかを作らないようにするなんて、ほとんど不可能だと思うわけ。
どちらかを犠牲にしてしまう。
それに風の能力を使うのなら周囲に影響を広げないように結界を張って守らなくちゃいけないんだから。
で、どれを犠牲にするかと優先順位を付けたら、一番に切り捨てるのは自分の身の安全だろう。
自分自身の能力からは守れても、その間の敵からの攻撃は防ぎきれない。
だから、欲しいのはボディガード、ってなるわけだ。
「だったらなおさら、俺から離れるなよ」
「うん。向こうの世界では極力皇にくっついてるよ。しばらくはね」
「しばらくじゃなくてずっとだろ。それに、向こうに限らずこっちでも」
「こっちで身の危険に晒されることなんてそうそうないでしょ」
「身の危険関係なく、俺は稲荷にくっついてて欲しいんだ」
あぁ、つまりあれか。恋人としての独占欲と、男特有の守ってあげたい願望ってやつだ。
確かに恋人の台詞として間違ってるとは言わないけどさ。
「……あのね、皇。俺、男だよ?」
「うん。わかってるよ」
「じゃあ聞くけど、皇は俺に『守ってあげる』って言われて嬉しい?」
「……へ?」
「だから、ずっとくっついてて欲しいって言われたら、自分の身くらい自分で守れるぞって反発しない?」
「……あ〜」
「俺も一緒。傍にいたいのは確かだけど、限度はあるよ」
「……ごめん」
「ん」
謝られて、軽く頷いて返す。
つまり、野川さんの言う男同士の問題ってこういうことなんだろう。
男同士だからこそ、自分だったらを考えてもらえば話は早い。
皇の理解力の高さにも助けられて、すぐに伝わったのは良かったと思う。
「でも、ま、頼りにしてるよ」
「あぁ、頼りにしててくれよ」
やっぱり頼られると嬉しいのは男の本能だからね。
にこっと笑って頼ってみせれば、皇もほっとした表情で頷いた。
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