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野川さんも途中まで一緒らしくて、一緒に帰ろうと誘われた。
断る理由もなくて喜んで同意する。
学校の近くからは、ぐみ高生は大体裏道を走る。
大通りに平行している路地裏で、道幅が狭い分車は滅多に通らないから比較的安全だ。
古い道でくねくね曲がっているけれど、事故の危険に比べれば大した問題じゃない。
話題がまた松永さんの話に流れそうで、俺は早々に話題転換を図る。
そもそも、こっちの野川さんに聞いてみたいことがあったんだ。
「野川さんって、こっちでは恋人いるんですか?」
向こうの世界での恋人は、学校関係者ではあるけれど能力を持たない一般人。
そのことを向こうの世界の清水さんは随分と悔しがっていた。
こっちと向こうを行ったり来たり出来るのは能力者だけらしい。
だったら、もう一方の当事者である野川さんだって、一方の世界でしか接点のない恋人について何か思うところがあるはずだ、と思うわけだ。
何の前置きも脈絡もない質問に、野川さんはやっぱり驚いていたけれど。
それから何故そんな疑問を持ったのかはすぐに気づいたようで、苦笑を返してきた。
っていうか、あれだけの質問で深読みしてくれる野川さんってやっぱりすごく頭が良い。
「いるよ、こっちでも。けっこう良い関係の相手」
「それはつまり……」
一度に二人の人物に恋をしてるってこと?
そう疑問に思うのはきっと当然で、皇がちょっと尖った口調で聞き返そうとする。
それを野川さんは強引に遮った。
「名前は清水英輔。弟が通ってる塾の講師なんだ」
……は?
「同一人物、ですか?」
「当たり前でしょ? いくら俺だって、一日ごとに違う人を愛せるほど器用じゃないよ」
「それ、清水さんは知らないですよね?」
「へ? えーと。話した気がするんだけど」
「こっちの世界でも傍にいて助けてやりたいのに、って悔しがってましたよ」
「えぇっ!? やだ、言ってなかったっけ?
こっちでの英輔には全部話してあったから、当然言ってあると思ってた。
うわ、ヤバイ。イジメられるっ」
俺の明かした内容に心底驚いてオタオタしてる野川さんは、きっと本当に度忘れか勘違いしてたのだろう。
しかし、そこで「イジメられる」なんて、ラブラブモード全開だと思うわけで。
だって、普通そういう時は「叱られる」って焦るものだろう。
さて、そこで一つ疑問なんだけど。
「こっちの清水さんには話してるんですか? 力のこととか、もう一つの世界とか」
「うん。能力の性質上、話さないわけにはいかなかったからね。
弟と英輔にはほとんどオープンだよ。両親は頭の固い人だからまだ話せてないんだけどね」
いずれは話すつもりらしいことを言うから、家族のうちの一人と恋人が知ってるならそれで良い気がしたんだけど。
続いた愚痴のような野川さんの言葉に納得させられるわけで。
「だって、大病患って救急車呼ばれてごらんよ。俺多分車すり抜けて落ちちゃうよ。
そうなる前に話しておかなきゃなぁって思ってはいるんだ」
ただきっかけが掴めないらしい。
うーん、と困って考え込む野川さんに、俺も皇も妙案は浮かばない。
やがて、それじゃあ俺はこっちだから、と道を分かれた野川さんを見送って、俺たちは皇の家に向かった。
「で? 話って?」
野川さんがいたからずっと問いかけられずに我慢していたらしい皇に早速尋ねられて、俺はそれに首を振って返した。
「自転車乗りながらじゃ話せないよ。皇の部屋に落ち着いたら話す」
「遅くならないか? 親が心配するぞ」
「平気だって。家まで一歩なんだよ、俺」
忘れてたのか、まだ理解できていないのか。
皇はむぅっと黙り込んで、それから照れくさそうに頭を掻いた。
野川さんと別れた交差点から皇の家までは割と近くて、三分ほど走って到着する。
皇が住んでいるのはマンションの中層階で、共同の駐輪スペースがある。
そこに皇が自分の自転車を片付けている間に、俺も自分の自転車を自宅に置いた。
まだまだ空は明るいけれど、うちの駐輪スペースは車の陰になっていて目立たないから音さえ抑えておけば誰も気づかない。
学校をはさんで反対側が俺の家で、自転車で一時間を越える距離はさすがに嫌だからね。
帰りは一歩でさっさと帰るつもりなんだ。
待っていた俺の自転車が消えているのに、皇はまず首を傾げ、それから少し拗ねたように唇を尖らせた。
「そうだよな。学校からここまでも一歩だろ、稲荷」
「能力ばかり使ってると肥満になっちゃうよ、俺。適度な運動は必要なんだから、付き合ってよね」
本人は毎日部活で身体を動かしてるから運動不足とは無縁だろうけど、俺は通学時間と体育の時間が貴重な運動時間だ。
太った俺は嫌でしょ、と少し甘えるように言うと皇から否定の返事はなかった。
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