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 関東平野とかいう日本国内で最も広い平野のしかも海に比較的近い場所のくせに長くて急な坂道を登りきった俺は、目の前に続いている急な下り坂を前にしてガクッと急降下したやる気と一緒に担いでいたパンパンのスポーツバッグを地面に落として、丁度公園だったそこの腰の高さの塀に座り込んだ。

 そもそも一学期の中間試験が終わったばかりというこの中途半端な時期に親元から引き離されて全寮制男子校に転校を強要された俺に、やる気なんて塵にも等しかったんだ。
 その挙句に地図一枚渡されて公共の交通機関を使用して一人で来い、荷物は翌日夕方に届くからそれまでに必要な物は持参しろ、というのだから、一体何様のつもりだと腹も立つ。

 何様も何も、政府様だった。
 これが国軍特殊部隊執行部最高責任者の直筆の署名が入った拒否不可能な特令書によるものでなければ、俺は徹底拒否していただろう。
 豊かとは言わないがそれなりの生活水準で今時珍しく両親弟共に五体満足で、十分に不自由のない生活をしていた俺が、電車を乗り継いでも三十分、ドアトゥドアでも一時間かからない場所にたった一人で放り込まれるのだから、十六才のいたいけな男子高校生には酷な事だと明言していいはずだ。
 しかも、卒業するまで家族に会うことも連絡を取ることもできないというのだからホント最悪。

 俺の身に降りかかったこの悲劇の発端は、全ての事の始まりといえる大本の根本的な原因は、やはりあれに尽きるのだろう。


 二十世紀の、恐怖の大王が降って来るという意味不明な予言にオカルト好きな人々が浮き足立っていた、世紀末七月。

 当時最強と言われていたアメリカ合衆国という国が中東諸国相手に仕掛けた戦争がきっかけとなって、瞬く間に世界大戦へと発展した。
 今では歴史の教科書に刻まれる過ぎ去った事実で、第三次世界大戦という名に落ち着いたのも至極当然といえる世界的大戦争だったらしい。

 どの国とどの国が同盟国なのかもはっきりしないような大混戦の最中、日本は第二次大戦のツケによって大した武装もできないまま戦争に巻き込まれかけ、早々に中立国宣言した。

 当時日本全国にあった米軍基地は基地のまま使用され続けたが周辺に住む民間人には国庫からの補助金つきで疎開勧告が出たし、基地の経費や軍事費について安保条約に基づいて請求されたが、そもそも安全を守る契約をしたアメリカ自身が安全を脅かしているとしてこれを突っぱねた。
 これにはアメリカの敵対国から「日本も言うときは言うものだ」と絶賛されたが、まぁ余談だ。

 そんな事情もあれこれ影響して、同盟国であったはずの日本政府を脅す意図を持ったアメリカや、アメリカに敵対し日本にある基地を狙ったアジア諸国によって都市部に爆撃を受けたこの国は、しかし終戦までじっと我慢に我慢で耐え抜き人民と経済と文化を守りきったわけだ。

 ちなみに、現在の日本の国際的地位はかつてのアメリカ並みに高い。
 戦前この世界を動かしていた列強はことごとくこの戦争で疲弊し、それぞれが自国の再建で手一杯。
 中でも第二次大戦後五十年以上にわたって日本の頭を押さえつけていたアメリカの消耗は非常に激しく、未だに内戦状態のため海を隔てた日本になど関わっている余裕はないようだ。

 お蔭様で目の上のたんこぶが自滅してくれた形で解放された日本は、それまで育んでいた平和ボケといってもいいほどの平和主義を掲げ、守り抜いた経済力とアメリカ国軍と合同演習をする程度には訓練の行き届いていた自衛隊の軍事力を武器にして、世界の頂点に立ったわけだ。

 元々そんな野望を抱く余力を持たされていなかった日本の首脳陣がせっかく得た権力を行使できなかったのが良かったようで、リーダーシップもまったく期待されていない世界のリーダーという役割は世界平和への貢献には実に有効だった。
 国力の十分な回復を待つ間、案山子に山の頂上を守らせているようなもので、どの国も危機感を持たなかったのだ。


 そんな漁夫の利を得た割には随分と情けない立場の国で育った俺がこの半端な時期に転校させられる理由も、やはりその大戦だった。

 その時、母の買い物に付き合わされて銀座のデパートにいた俺は、迷子になっていた。

 空から何かが降ってくる花火を上から下に打ち落とすような不気味な音、まばゆい閃光、爆音、重いガラス戸を吹き飛ばした爆風。悲鳴。慌しい足音。けたたましい非常ベルに大量の水を撒き散らすスプリンクラー。

 覚えているというよりも、忘れることのできない一部始終。

 命の危機を前にして、俺の脳は箍を外すことを選んだ。


 俺は、日本全土を何度か襲った爆撃の全国で第一号の被害者だった。

 あの大戦で、世界は無視できない程度には多くの異能力者を生んだ。
 そのほとんどが幼少期に命の危機に晒され恐怖を体験した子供たちで、戦争の副産物といえる存在だ。
 それまでの大戦や紛争ではなかった事象だが、情報インフラの発達した先進国の都心部で確認されたことと事象を立証し科学的に説明をつけることで不可思議現象も受け入れられる社会風土が、その存在を認めさせたのだろう。
 この事象は過去にもあったのかもしれないといわれれば、それを否定する材料など無いに等しい。
 かつては非科学的だといわれ精神疾患といわれたり魔女狩りの対象になったであろう異能力が、現代では国連主導で認知されている。

 俺もその一人だ。

 日本では、持つ者と持たざる者のそれぞれの心の安寧を確保するためと称して異能力を得た子供を隔離し、特別な教育を施すという政策が取られている。
 小学校から大学までの一貫教育の後、その異能力を生かしてできる仕事を提供するという名目で自衛隊から規模拡大して名前も変わった日本国防軍の特殊技能部隊に配属され、国家機密の事柄のために働かされるわけだ。

 俺が向かっているのはまさにその学校。
 今までは普通の高校に通っていた俺が今更そこに転入させられるのは、つまり今まで隠し通してきたこの能力が見つかってしまったからだった。
 まぁ、こんなところに人はいないだろうと気を抜いていた俺が悪いんだから自業自得だけれど、今まで両親にすらバレていなかったものだからさすがに大騒ぎだったよ。
 敵を騙すにはまず身内から、ってくらいの心積もりでいた俺だけれど、両親にあれだけ泣かれると気まずいものはあるものだ。

 能力を得たのは六歳の時。
 それから十年かけてこの身を襲ったいろいろな不自由や戸惑いや便利さに慣れ、全てをPTSD(心的外傷後ストレス障害)を隠れ蓑にしてひた隠し、無事高校に入学して何の問題もなく一般的な男子高校生として一年を過ごして、俺のPTSD症状に胸を痛めていた両親をほっとさせた矢先の今回の出来事だった。




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