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 ようやくまともに反応したかと思えばそんな人の神経をわざと逆撫でするようなことを言う俺に、松永さんはますますいきり立ったらしい。

「んだと、てめぇ……」

「ぐみ高生らしく、少しは頭も使ったらいかがですか?」

 さえぎってさらに神経を逆撫でる。もちろん思惑があってのことだ。
 俺自身は自分を好戦的な性格だと思っていて、普段はその性格を抑えこんでいる所があったりするから、昨日今日の付き合いの相手ならビックリするだろう。
 対外的には大人しいっていうか影が薄いっていうか、そういう評価なのは知ってるし。
 その評価を多少は逆手に取ってたりもしてるし。

 松永さんはますます怒り心頭の様子。
 罠に嵌ったとも気づかないで、気の毒に。

「……の野郎っ!」

 この人の今までの反応から、大分キレやすい性質なのはわかっていた。
 だからこそ、周りに注意を向ける余裕を与えないように、絶妙に怒りを煽っていたわけで。
 隣の野川さんは途中で思惑に気づいてくれたらしく呆れた表情ながら俺を見守る立場に退いてくれた。
 お手並み拝見とでも思われたかな。だったら、張り切らなくちゃ。

 怒りに我を忘れた松永さんの暴れっぷりは、なかなかすごかった。
 倉庫内の小物が俺たちの頭上から雨あられと降ってくる。
 玉入れ用のお手玉や万国旗の縄、使いかけの紙テープやビニールテープ、色半紙で作られた花に文房具がいろいろ。

 大物を持ち上げては自分にも被害が及ぶことくらいは認識しているようで、ある程度以上以下の小物が結界の周囲に積みあがっていく。

 さて、いつまでもやらせていても埒が明かないし、反撃といきますか。

 今使っている空間は二つ。つまり、自由になる領域はあと一つ。
 それを、小さな竜巻に利用する。

 作り方は簡単だ。
 部屋の真ん中の床を小さく切り取って、圧力を減らしてやるだけ。
 四方八方から吸い込む力はあっという間に竜巻に変わる。

 松永さんの能力によって俺の頭上から降り注ぎ周囲に積み上げられていた小物類が、風に巻き上げられて空中を飛び交い始めた。
 このくらいの風なら大物は動かないから、報復に必要な程度の被害で済むはずだ。

 宙を舞うお手玉や文房具、紙テープにビニールテープはほどけてぐちゃぐちゃになっている。
 それらを呆然と眺めて、野川さんはしばらく身動き一つしなかった。
 結界の外にいる三人は頭を庇って座り込んでいる。

「……斎木くん。君は一体何者なんだ」

「何者って、だから、空間使いですよ。それ以外できません」

 時折パチンと音がするのは、宙を舞う小物がカマイタチに切られる音。
 竜巻を作った原因は確かに俺だけど、竜巻が起こす副産物を制御する力はない。

 このくらいの風ならカマイタチといっても大したことはないけど、余計な物を切る前に風を弱めた方が良いかなぁ、なんて暢気に思った時だった。

「くっそ〜っ!」

 やけくそになったその声を発したのが松永さんだったことに、俺は咄嗟に身構えた。
 理性の働きが弱まっている人間が何を引っ張り出してくるかなど、さすがに予測がつかない。

 ってか、予測がつかないにも限界があると思うんだけどっ!

「ちょっと待っ……!」

 しかも運悪く、そこをカマイタチが通ったから最悪だ。

 バンと大きな音を立て、大きな紙袋が割れてしまう。
 中に入っていたものが風に乗って部屋中を覆い尽くす。

 それは。

「石灰!?」

 慌てて竜巻の元を開放するけれど、一度発生した風はそんなすぐには収まらない。
 野川さんの驚く声を聞きながら、石灰粉の充満する視界最悪の部屋を粉塵から守るべく、俺は部屋の壁沿いに目をやって寸法を測り始めた。
 ものがあるところもそこに沿って形をなぞっていくけれど、物が多すぎて把握に手間取ってしまう。

 松永さんたち三人は石灰まみれで体中真っ白になって咳き込んでいた。
 自業自得とはいえ、さすがに生命の危機だ。

「野川さん。危ないのでしゃがんでいてください。それと、ごめんなさい。石灰かぶりますよ」

 返事を待つ暇もあればこそ。
 部屋と人の形を全部なぞって切り取って、壁面を一センチメッシュの網目状にしてから、俺の周囲を取り巻く結界と空気穴を消す。

 未だ空気中を舞う石灰をもろに頭から被った。ポケットからハンカチを出して口元を覆うのは、遅ればせながら自分の肺を守るため。
 そういや野川さんに注意しなかったと思って見下ろせば、しゃがんだ格好で石灰すら被っていなかった。
 そういやこの人、無機物に対しては無敵なんだっけ。

 網目の結界の出来具合なんてチェックしている暇はなかった。
 部屋中央にビー玉サイズの穴を開け、中身をぎゅっと圧縮。

 途端、室内を強風が吹き荒れた。部屋中央に向かって、全てのものが吸い寄せられていく。
 手加減なんてしてる余裕はないから、大物も小物も見境なしだ。
 だからこその、網目の結界だった。
 目の間を抜けるサイズのものだけが吸い寄せられ、それより大きな物は結界壁に阻まれてそこに押さえ込まれる。

 ちょっと余裕を持たせて壁を作ったから、倉庫に置かれた大小の道具がズズッと音を立てて動いた。
 そこにいる人たちの髪やら服やらも風に煽られてバタバタと音を立てる。
 おかげで髪の間に絡みついた石灰まで綺麗に吸い込まれていく。
 部屋の中央にはみるみる石灰の塊が作られていった。

 部屋を覆っていた白い粉によって濁っていた視界がクリアになったのを見計らって、集めた石灰をさらに結界で覆い、他の結界を開放。
 一緒に強風が止まったので、壁に張り付いていた人や物が突然消えた吸引力の反動で反対側に倒されたけど、転んだのは人くらいだから気にすることもない。

 きょろきょろと見回したのは、集めた石灰を入れる袋を探したわけだけど。
 まぁ、この大きさが入るような空き袋なんて明らかにゴミだし、倉庫にはないだろうな。

 きょろきょろしている俺の視界の端で動くものを見つけて、そちらへ目をやる。
 それは倉庫のスライドドアで、その向こうに現れたのは皇だった。
 なかなか体育館に姿を見せない俺たちを探しに来たのだろう。

 平然と立っている俺と隣でようやく息を吐く野川さんに、床に倒れて気を失っている人が三人。
 そして、不自然に空中に浮いている埃まみれの白い塊。
 そんな状況を眺めて、皇は実に不思議そうに首を傾げた。





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