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 物置小屋で待っていたのは想像通りの二人だった。
 こういうところ、さすがこの学校に通う学生だと思う。
 頭が良い分何か起こりそうに見せかけておいて、結局優等生だから展開が素直。

 見知らない屈強な体格の不良学生が五六人ほど待ち構えていて背後で扉がピシャッと閉められて、みたいなドラマのような展開にはならないわけだ。
 そんな友人がいないということだよね。
 良くも悪くも優等生の枠からははみ出ない。

 お蔭様で、俺はほっとした息を吐き出した。
 隣の野川さんは厳しい表情をしていたのをビックリ顔に変えて俺を振り返っていた。

「ようこそ、と言いたいところだがな。お前は呼んだ覚えがないよ、野川。何しに来た」

「君たちの企みはとっくにバレてるよ、松永。難癖つけてないで堂々と実力勝負したらどうなんだよ」

「ふん。新入り風情が偉そうな態度を取る前に実力の差をわからせてやろうってだけだ。お前には関係ない」

「だから、それならそれで堂々と同じフィールドで勝負しろって言ってるんだよ、俺は。裏で画策なんてみっともないと思わないの?」

 あっという間に松永さんと野川さんの押し問答開始だ。
 なんていうか、こうも見事な平行線も珍しいと思うんだけどさ。
 当人の俺は置いてきぼりで、苦笑と共に肩をすくめて展開を見守るしかなかった。

「大体ね、こんなところに呼び出して閉じ込めたつもりかも知れないけど、俺とか斎木くんに有効だと本当に思うわけ?」

「……んだと?」

「俺なら松永を閉じ込めるのにこんなところは使わない。簡単に逃げられそうだからな。
 同じことさ。俺も斎木くんも君と同系統の空間使いだ」

 それは、手の内を暴露しているともいえる台詞。
 とはいえ、同じ学校に通ってるんだから相手の能力を知るのは手間の掛からない簡単なことだし、学校に知られている分の能力値はすでにバレていると思って間違いないのだろうから、今更隠しても無駄なのかもしれない。

 せっかく手の内を明かして無駄だと警告してるのに、ふんと鼻で笑ったのは松永さんだった。

「同じ空間使いでも、動けなきゃ逃げられねぇだろ、野川。そこが、俺とお前の最大の違いさ」

 それは元々そういう予定だったようで、松永さんの台詞と共に一年生の二人が俺たちに手を伸ばす。
 松永さんと待っていた透視能力者の湯川くんが野川さんに、迎えに来た石川くんが俺に。

 伸ばした手は、俺たちから五センチ離れたところで見えない壁に阻まれた。
 もちろん、俺が自分と野川さんを取り巻くように結界壁を巡らせたせいだ。

 目に見えなくても触ればそこに壁があるのに気づいて、二人が壁の境目を探すようにペタペタと探っている。
 傍から見ると不恰好なパントマイムのようでおもしろい。

「……何してんだ、お前ら」

 状況がいまいち把握できていない松永さんのツッコミに二人が揃って困惑の表情を向けた。
 困惑したのは野川さんも同じようで、俺に向かって首を傾げる。

「それ、斎木くん?」

「はい」

 それ、が指すのはもちろん目に見えない壁のことだろうから、俺は素直に頷いた。

 こちらの世界では能力者相手に能力の出し惜しみをする気はないんだ。
 向こうの世界で上官に集団夢現象と片付けられているのを知ったから、告げ口されても信じられるとは思えない。
 それに、告げ口するということは自らこちらの世界の存在を認めるということだ。
 よっぽどのことがない限り、まずは自分の住環境の保全を優先するだろうからね。
 まぁ、まず危険はないと思う。

 力の差を見せ付けて自分が優位に立とう、なんて腹黒いことを考えてなくもないんだけどさ。

 やがて壁を探っていた一方が痺れを切らしたらしい。
 握ったコブシを振りかざして殴りつけた。

 ってか、バカなのかなこの子は。
 わずかにもたわむ余地のないこの結界壁を殴るってことは、鉄壁……いや、ダイヤモンドの壁を殴るようなものだ。
 自分の手がそのまま跳ね返った衝撃に痛めつけられるだけなのに。

「……ホント、敵の能力を把握するって大事」

「何のほほんと実感してるの。これ、何?」

 野川さんは内側からそれをコンコンと叩いて見せた。
 物理的な物ではないから、コツコツと指の骨が硬い物に当たる音しか鳴らない。

「ん〜。結界、と俺は呼んでます」

「結界?」

「要は壁ですよ。身を守るくらいはしようと思って、俺と野川さんの周りを覆ってみました」

 ちなみにこの壁、空気すら通さないのでもう一つ穴を開けて通気口を作ってある。
 これが出来るから物質使いは俺には向こうだと断言できるわけで。

「ふん。だったら引きずり出してやるまでだ」

 強気の発言をして、……しただけだった。
 松永さん自身はこちらを睨んで何やらしているようではあったけど、結局は何も起きない。
 結果的に、全員がきょとんと目を丸くしただけ。

「……ま、松永先輩?」

 恐る恐る声をかけた湯川くんが松永さんに睨まれる。
 と、その姿は倉庫内空中に突然放り出され、どさっと落ちた。
 体育祭で使うらしい大縄の塊の上に。

 確かに巻き添え食って壊れるものではないし多少のクッション性はあるだろうけど。
 正直、痛そうだ。

 つまり、松永さんの力が使えなくなったのではなく、俺が張った結界がその力を相殺していたってこと。
 物質使いだろうという仮説は正しかったわけだ。

「……何をしやがった」

 低く抑えられた声は、怒りを抑え込んでいる証しとも取れる。
 実際、その眼力だけで相手を殺しそうな勢いできつく睨まれた。

 とはいえ。

「敵に自ら手の内を明かすほど間抜けじゃないですよ、俺」

 何をしたかと敵に問われて正直にバカ丁寧に説明してやるなんて、子供向けヒーローアニメくらいなものだろう。
 そもそも何をしたかと問うこと自体が間抜けてると思うんだけどね。
 だってそれは、相手の持つ力を推し量るという根本的な作業を放棄したと宣言しているようなものだもの。





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